音羽 信
第2回:21世紀の精神異常者 by ピーター・シンフィールド
アルバム 『キングクリムゾン宮殿』より
猫のようにそっと忍び寄る足音
鉄の爪。
精神外科医たちが叫ぶ
もっと、もっと、もっと患者を。
パラノイア患者を閉じ込めた部屋の
危険極まりないドアの前に立つ
21世紀の精神異常者。
血塗られた拷問台、有刺鉄線。
政治家たちが
死者を葬る火葬用の薪を火にくべる。
罪などない無垢な者たちを
ナパーム弾の炎で焼き尽くす
21世紀の精神異常者。
死の種を撒き散らす
何も見ようとしない欲の塊のような奴ら。
詩人たちは飢え
子どもたちは血を流す。
本当に必要なものは
何一つ手に入らない。
21世紀の精神異常者
21st Century Schizoid Man - Peter Sinfield
《In The Court Of The Crimson King》 |
中学生だった私の幼い心と体を一瞬にして鷲掴みにしたビートルズが、目眩がするような変化の後に創った、すべてのものに別れを告げる鎮魂歌のような『アビーロード』が美しくも哀しく流れていた1969年、突然鳴り響いたアルバム『キングクリムゾン宮殿』。その冒頭の、淀んだ空気を切り裂くかのようなギターと、極限まで圧縮された音が限界を超えて弾け出すかのようなシャウトで始まる『21世紀の精神異常者』が、その頃、横浜に出来たばかりのロック喫茶『ムーティエ』の大きな真っ黒のスピーカーから爆音で私に向かって突進してきた時、私は呆然とし、そのままアルバムを聴き続けた。ジャケットには、どこかあらぬ彼方を見つめて叫ぶ真っ赤な顔の男のアップ。そこにはアルバムのタイトルもバンド名も何も無く、ロックの終わりを無視し、あらゆるジャンルの壁を一気に破壊するかのようにして繰り広げられる音の時空間に私は圧倒された。
そしてその歌詞。その頃は、遠い先の21世紀のことなど考える余裕などなく、ただただ、音の迫力とアルバムの完成度に驚愕するほかなかったが、しかし、新たな扉を開き放ったキングクリムゾンは、その時すでに、どうやら、やがてくる21世紀のことを見据えていた。そして21世紀、私たちは今まさに、彼らが、というより創立メンバーだったピーター・シンフィールドが描いた狂気のさなかにいる。
どんなことも突然始まるわけではない。私たちが人間である限り、そして私たちが人間が寄り集まって生きる社会の中で生きている限り、すべてのことはいつだって『今』のなかにある。2000年前十字架に架けられたイエス。21世紀が始まったその瞬間にカミカゼ旅客機の突撃によって崩壊した、金融資本主義の象徴ともいうべき超高層のワールド・トレードセンター。そこから愚かにも宣戦布告された終わりなき戦争。プーチン、ネタニエフ、そしてトランプ、、、。あらゆることが突然起きるように見えるけれど、しかしそうした爆弾の引火につながる小さな火種は、いつだってどこにだってあり、問題は、それに気付けるかどうかだ。そしてそれを見つけ、それを言葉にして警告を発することこそが詩人の仕事。
だとしたら今、私は何を見つめればいいのだろう。明日、あるいは10年先、さらに、私はもう生きてはいない50年先に起きるかもしれない悲劇の種が、あるいは花開くかもしれない喜びの芽が、今の私の視界のなかにもあるかもしれない。だから、、、と、キングクリムゾンの『21世紀の精神異常者』を聴くたびに、想う。

Peter John Sinfield

King Crimson
'21st Century Schizoid Man' King Crimson
live in Hyde Park, 1969
https://www.youtube.com/watch?v=m-aeQW4aoRk
-…つづく