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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第255回:イースターのハレルヤコーラス

更新日2012/04/12



イースターはクリスマスの次くらいに大きな休暇です。最近、信仰の自由の名のもとに、キリスト教的な休日がなくなりつつあり、私が勤めている大学でも、普通どおり授業が行われています。ですが、毎年何通かのメールが届き、"宗教的な理由で欠席します"と生徒さんが連絡してきます。

年々、消えていく祭日で、イースターはまだ"ウサギと卵"など、子供たちにとっては大きな年中行事ですし、テレビでも飽きもせずに『十戒』『ベン・ハー』『キリストの生涯』『受難』などの古臭い映画を延々と放映しています。

年末になると日本では、ベートーベンの第九の合唱が響き渡ります。私も何度か、有名なオーケストラや地方のオーケストラを聴きに行きました。日本の年中行事の一つに数えてもいいのではないかしら。第九を聴いて、"アア今年も無事に年を越せる…"と一息つくことができるという日本人を何人も知っています。そのせいなのでしょうか、第九をやれば、必ずホールは満席になるそうです。

なんでも、あの第九は大掛かりで、動員数が多く、西欧では一流のオーケストラ、一流の指揮者でなければやらせてもらえない曲目なのだそうです。

アメリカを含めた英語圏での年中行事は、クリスマスとイースターのハレルヤです。ヘンデルがイギリスにいるときに書いたので、歌詞が英語なのがモノをいっているのでしょうか、どこでもここでもヘンデルのメサイヤ、ハレルヤ一本槍です。もし、今ヘンデルが生きていたら、莫大な著作権料が入るでしょうね。

私が住んでいた田舎町でも、イースターにはメサイアコーラスグループが即製で作られ、それに私も何度か加わりましたし、シングアロングと言って会場の皆さんも一緒に歌おうというメサイアで、毎年のように行き歌ってきます。

今年は実家に帰っていたので、近くの教会のメサイアを聞きに行きました。独唱者もコーラスの人たちも、ガウンを着たりしてなかなか舞台装置の一部でしょうか、衣装にはお金と気を遣っているようでしたが、一旦音楽が始まると、イヤハヤ酷いものでした。

日本にも音痴の人はいるでしょうけど、少なくともそのような人は人前で歌わない羞恥心を持っているでしょう。ところが、このメサイヤ、ハレルヤコーラスは、音痴集団、リズム音痴集団で、今まで経験したメサイアで群を抜いて最悪でした。

独唱者もカントリーウェスタン調やブルース調の節回しなら、合唱隊のなかにタダ大声で叫ぶだけが使命とばかり、地声を張り上げる御仁がいたりで、散々なハレルヤでした。 

母は教会のオルガンを弾き、いろいろな楽器や歌のピアノ伴奏に借り出され、その中にかなり下手糞な演奏者もいるのですが、決して彼らをけなすようなことはしません。音楽を愛する心さえ持っていればそれで充分という基本的な線を引いているのでしょうね。

ところが、その母が演奏の最中に、紙にボールペンでなにやら書き始め、父に見せているのです。覗いて見ると、"ワー、酷い、音程が全く狂っている。オルガン伴奏と独唱者が違うところを別々に演奏しているよ"とか書いてあるのです。

うちの仙人はといえば、ニヤニヤしながら結構楽しんでいるようでした。

帰りの車の中で、母と私はもっぱら指揮者や合唱のトレーナーを批判し、オルガンや器楽の練習不足を数え上げ、こんな下手なメサイアではヘンデルに申し訳ないとまで言い合っていました。

日本なら、絶対にこんな酷いクラシックのコンサートはあり得ないと、私が言ったところ、いつもなら採点の厳しいうちの仙人の意見は違っていました。

日本の第九にしたところで、歌っている方も聞いている方も、ドイツ語の意味なんて誰も分かりはしないし、ドイツ人が聞いても分からないだろうと言うのです。日本でも日本語なまりのいい加減なドイツ語で歌っているに違いないのだから、ヘンデルのメサイアも、アメリカ英語でアメリカ流に歌ってもいいのだと言うのです。

いずれにしても、ヘンデルが住んでいた当時の英語と今アメリカで話されている英語では、かけ離れたものなのだから、時代に合った歌い方でいい、メサイアも初めからカントリーウェスタン調やブルース調に徹してやればいいのだ。リードシンガーに人気カントリー歌手を呼ぶべきだ、と言うのです。

どんなメサイアになるかチョット聴いてみたい気もしますが、演歌歌手をソロにした日本語訳の第九は、チョット私の想像に余りあります。

 

 

第256回:この世の終わり? 否、男だけが絶滅する!

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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