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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第655回:野生との戦い~アメリカのイノシシなど

更新日2020/04/30


山里に住むのは素晴らしいことです。こんなところで暮らせるのはとても幸運だと思っています。しかし、それなりの苦労、自然との闘いはあるのです。

100個のチューリップの球根はほとんどモグラに食べられ、やっと雪の下からケナゲに緑の芽を出し、葉が育ってきたなと思った矢先、それも野ウサギがきれいにカジリ取ってしまいました。水仙も花が咲くより先に蕾は鹿の餌になってしまい、ここでお花畑を造るのは野生動物に餌をやっているようなもので、ほとんど不可能なことを体験させられています。

そして、松喰い虫の襲撃です。ロッキー山系はどこも悲惨に赤茶けた枯れた松で覆われています。ロッキー山脈からコロラド川が造る谷を挟んだ私たちの高原にも松喰い虫が侵略し始めたのは1年と少し前のことですが、それがあれよあれよと言う間に広がり、私たちの森に迫ってきて、ダンナさん、「俺は仙人は廃業だ。キコリになった」と、大木を50本切り倒しましたが、昨日数えたら、まだ周囲が1メートル以上ある松の大木を10本切らなければなりません。

勝ち目のない戦いを強いられているのです。なんだか無駄な抵抗のように見えますが、ダンナさん、「オメー、男は負けると分かっている戦いに向かって行かなければならないこともあるんだ…」とノタマイ、チェーンソーを振り回しています。

そして今、アメリカ全土で問題になっているのがイノシシです。イノシシと言えば、思い出すのはダンナさんの大学時代からの友人が引退して紀伊半島の森が迫ってくる斜面にロッジ風の素晴らしい家を建てました。そこでの天敵のような動物がサルとイノシシで、両者、先を争うように畑を荒らしまくるのだそうです。彼が獲ったイノシシ肉をご馳走になりました。薄切りにして油を落とすように焼いたイノシシ焼肉は野生の臭い、味が舌に残り、独特の味わいがあるものでした。

スペインにこの生ハムありと詠われるハモン・セラーノは黒豚の足です。ですから、豚は餌と環境次第でとても高級食品になるのです。

アメリカには昔はイノシシがいませんでした。スペイン人、エルナンド・デ・ソト(Hernando de Soto)が1540年にイベリア黒豚を持ち込んだのが最初だと言われています。豚は繁殖力が旺盛な上、食が荒く、何でも食べるし、どんな環境にも適応するので、コンキスタドール=殖民にとって貴重な蛋白源になったのでしょう。

ところが、豚さん、ジッと大人しく囲いの中で太り、殺されるのを潔しとせず、まさにトン走し、野生化していったのです。そして今では、アメリカ39の州に600万頭の野生の豚がイノシシ化して生息するまでになったのです。

英語でこの手の野生化した豚をFeral Hog、Wild Pig、Boar、Razorbackなどと呼び、勇猛果敢な動物の象徴にまでなっています。レーザーバックをマスコットにしている大学やプロのフットボールチームが結構あるくらいです。丸まると太ったピンクの豚をマスコットにしているチームは聞いたことがありませんが…。

野生化した豚とイノシシの区別はないそうで、アメリカの動物学者は“スーパーピッグ”とさえ呼んでいます。学習能力が高い上、何でもかんでも食べ、どんな環境の下でも生き延び、繁殖する、大変知能が発達した動物と規定しています。中には250㎏を越すまで大きく育つモノもいます。それが時速50㎞を超すスピードで走るというのですから、もののけ姫の真っ白いイノシシはまんざら想像の産物ではなさそうです。

アメリカ全土でイノシシによる農作物の被害額は25億ドルに上り、対策に躍起になっています。でも、イノシシに天敵がおらず、我が物顔で収穫前の農作物を食い荒らすのを止めることができません。おまけにイノシシは野生化とともに夜行動物へと進化?していったので、アメリカ人お得意の鉄砲で撃ち殺す作戦は成果が上がりません。

イノシシだけは狩猟期間に関係なく、いつどこで撃ち殺してもよいことになっているのですが、問題はアメリカイノシシの肉は臭みが強く、とてもスペインの黒豚生ハムのようにグルメ食品になりそうもないことです。これで、イノシシの肉がとても美味しければ、すぐにも絶滅するのでしょうけど…。

オクラホマ州とフロリダ州では、政府の屠殺場でイノシシを食肉として処理するサービスを始め、地元のレストランがイノシシ料理を出し始めましたが、そんなことでは、オサカンなイノシシの繁殖力にはとても追いつきません。

これも進化というのでしょうか、牙が鋭く、しかも大きくなり、集団で収穫前のトウモロコシ畑、麦畑、野菜畑、メロン、カボチャなど背丈の低い作物は軒並み、トルネードの過ぎ去った後のようにきれいに食べ尽くしてしまいます。お百姓さんや牧場主たちは、電気を流した柵を張り巡らしたり、爆発物を仕込んだ餌を撒いたり、仕舞にはヘリコプターからミサイルのような爆弾を撃ち込んだりしていますが、成果の方はイマイチで、イノシシは確実に増え続けています。

もし日本で臭みを抜く料理法を開発し、誰かマスコミ栄養士が、テレビでイノシシ肉はカラダに良い、高血圧、糖尿、美容に良いと言い出せば、案外ブームになるかもしれませんよ。なんせ皮を剥ぎ、内臓を抜いたイノシシ一頭がたった35ドルなのですから…。

 

<追記>
どうにも、何かを調べ出すとどんどん広がってしまい、収集がつかなくなってしまう傾向が私にあるようなのです。

アメリカの家畜としての豚肉は、世界第一の豚肉消費国の中国に輸出されています。トンコレラのように豚が人間に感染する病気を持っていることもありますが、今、最大の問題はAfrican Swine Fever(アフリカ豚熱病)と呼ばれている恐ろしい病気です。これまですでに全世界の3分の1の豚が頓死しています。

このアフリカ豚熱病は人間には感染ませんが、豚、イノシシには猛烈な勢いで広がり、これに罹ると豚とその親戚は2、3日で死んでしまいます。元は東南アジアから始まったようですが、すぐに東ヨーロッパに広がり、フランスは150Kmに及ぶの電気を流したフェンスを張りましたし、デンマークでも、ドイツとの国境に電気フェンスを張り巡らせました。

アフリカ豚熱病は、“豚、イノシシ界”のコロナウイルスなのです。

-…つづく

 

 

第656回:偏見と暴力、アメリカのコロナ事情

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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