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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第511回:大学卒業と学生さんの将来

更新日2017/05/04



学生さんは、高い授業料を払ってくれる大学(経営者にとってですが)のお客さんです。ですから、大勢新入生を集めることも大切ですが、せっかく入学した学生さんをドロップアウト(中退)させることなく、卒業してもらうことも非常に大切だ…とばかり、私たち教授陣は“どのようにして学生を中退させず、卒業まで学校に留まらせるか”という、講習を受けなければなりませんでした。
 
学長さんが、大学の財政が緊迫している状況をグラフで説明し(学長さんの年収は40万ドル以上=4,500万円ほどで、豪華な家と盛大に使える必要経費が認められているのですが)、外から高い講演料を払って呼んだ、プロの講釈師(古い言葉ですね、このようなプロ化した講演旅行をして歩くセンセイがたくさんいて、そのような人を取り仕切り、送り込む会社、代理店がいくつもあるのですが)の講演を聴かなければならなかったのです。

300人近くいる教授、助教授で、もちろん、始めから来ない人が半数、途中で会場をこっそり抜け出たのがさらにその半数ほどいましたから、最後までそんな講演に付き合ったのは、余程その時間が空いていた先生か、他にやることがない先生だけでしょう。と言ってから、私は自分が最後まで残って、彼の講演を聴いた組に入ってしまったことに気が付きました。

講演の内容のポイントは、常に新しい刺激を与え、学生さんの新鮮な興味を抱かせる、それが学生さんの将来にいかに結びつくかを時折、説明し、今学んでいることが実社会に入ってからいかに役立つかを思い起こさせる、随時学生さんの能力より少し高めの内容の授業を織り交ぜモーチベーションを高める…云々と、もっともなこと、当たり前のことばかり羅列するのです。あなた、それができれば苦労はないですよ…とチャチャを入れたくなろうというものです。

私が働いている大学はコロラド州立ですが、間口を広げ過ぎたせいで(全校学生数1万人を超しました)、生徒さんのレベルがとてつもなく開いてしまいました。私も特に優秀な生徒さんには推選状を書き、その分野で優れた実績のある大学、教授の下に転校するように勧めたりします。そんな優秀な生徒さんが、平均的学力の低い(低くしなければならないのです)授業に出なければならいのは、残酷なことに思えるからです。

逆の場合は悲惨です。一体全体、どうやって中学、高校を卒業できたのか、大学に入学できたのか分からないほど、雪を見たことがない南国の人が、いきなり冬季オリンピックでスケートリンクに立たされたようなものです。それでも、一生懸命、授業に休むことなく出席し、授業でも積極的に議論し、手を挙げて質問し、グングン伸びていく生徒さんもたまには出てきますが、それは例外中の例外で、物事を理論的に考える能力も習慣も全くない、絶望的な生徒さんが十数パーセントはいます。

これは、子供は皆天才…よくできましたと誉められ続け、甘やかされ放題に育てられた弊害と言ってよいでしょう。親は“ウチの子はやればできるんだけど、欲がなくて…”と、子供ための言い訳を代弁していますが、それはやらなければ何事もできないのは当り前のことで、早く言えば怠け者の自己弁護なのです。

ここ数年のことですが、試験やレポート、論文の採点結果のグラフ、例えば100人の生徒さんの内、85点以上の優をもらう人数、中間の50点から85点まで、 50点以下(落第です)の曲線カーブが変わってきました。数年前までは中間層が多く、優秀な生徒、そして、希望の持てない落第層が少なく、典型的な山型のカーブを描いていたのですが、最近は中間層がガックリ減り、優秀な生徒さんとダメな生徒さんが多くなり、カーブは山をひっくり返した、U型になってきたのです。

頭から、大学で学ぶには無理がある、いくら本人が努力しても絶望的に元の素材が悪い生徒さんが増えてきたのです。誰でも大学で学べるのは素晴らしいことに違いはありませんが、手先を動かすことの方が得意な人もいますし、終日牧場で働くことに向いている人がいて当然です。

どうにかお情けで、大学を出たところで、ウォルマートのキャッシャーになるのが精々だ…と言うのは本人にも教える側にとっても辛いことです。もうすぐ卒業式です。私の担当する生徒さんも巣立っていきます。私の授業に触発されたように(専門は言語学ですが)、言語学を専攻し、修士課程、博士課程に進みたいと言う生徒さんが、年に一人、二人出てくることだけが慰みになっています。

このコラムは私がテーマを決め、スケッチ程度に書いたものを、ダンナさんが盛大に添削し、本当の日本語にしてくれるのですが、この記事を読んで、「オメー、そりゃちょっと違うんじゃないか、俺が四六時中本を読み、ノートを取ったりしているのは、何もなんかそれを役立てようとしているわけじゃないぞ。無理して言えば、少しは教養のある爺さんとして死にたい…と言えるかもしれないけど。少しばかり勉強し、大学を出たウォルマートのキャッシャーが一人、二人と増えていくだけでもいいんじゃないのか…」とノタマッテいるのです。

 

  

第512回:牛の追い込みと高原台地の春

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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