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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第803回:一番便利な家電は何か?

更新日2023/05/25


私の父方、母方両方ともお百姓さんで、村や町まで20-30キロ離れたところに自分で建てた家に住んでいました。当然、電気などない、ランプの生活でした。母でさえランプの生活を体験しています。石油ランプのホヤ(若い人のために付け加えておきますと、ホヤとは風でランプの火が消えないように守っている薄いガラスの筒です)を毎日磨くのが母の仕事だったと言っています。
 
電気が祖父、祖母の生活で一番大きな変化をもたらしたことは明確です。電気が来てから、電灯だけでなく、色々な電気製品が家の中に侵入してきましたが、その中で何が一番ありがたかったか、という質問の答えは、それぞれの立場、暮らしている地域によって異なるでしょうけど、私のお爺さん、お婆さんはお百姓さんでしたから、筆頭に挙げるのは洗濯機と冷蔵庫でしょう。

電気のない時代には、一頭の豚、牛、羊を潰して燻製にしていました。夏の期間、高温多湿になるミズーリー州では、肉類は腐りやすく、燻製にしてもとてもカビを抑えるのは難しかったそうです。そこで、町中にある氷屋さんが周囲の農家からの牛、豚、羊の大きな肉塊や半身をわずかなお金で預かる“ミートリッカー”を設けており、そこへ、週一回くらいのペースで通い、自分の肉を切り取り、同時に氷を買ったものだと言っています。
 
洗濯の方、これは主婦、女性の大仕事です。
私たちがヨットで生活していた時、洗濯は大問題でした。もっとも、私たちがランドリーのある立派なマリーナに入らず、もっぱらヒト気のない湾にアンカーすることが多かったせいもありますが…。

元々緊急時のための食料、水、磁石などを入れるための蓋のついているプラスティックの大きな広口樽に、洗剤、水、洗濯物を入れ、蓋をして、船の先端に縛り付けておきます。ヨットの先端、バウは上下左右に揺れますから、半日もセーリングすると洗濯物がとてもキレイになります。ですが、問題は濯ぎの方で、清水の量は限られているので、海水で洗剤を落とし、最後の一回だけ清水を使い塩抜きをしていました。

でも、これは大変面倒な仕事なうえ、洗濯物から塩っけが完全に抜けていませんから、すべてがゴワゴワになる欠点があります。そこで、水道があるマリーナに時々入って、足踏み式の洗濯をすることになります。

バケツ、樽を二つ用意し、その中に洗濯物、洗剤、水を入れ、両足を突っ込んで踏み続けるのです。そのおかげで私の両足は丈夫になったのかもしれません。ただ踏むのは退屈ですから、リズム良く踊るように踏みます。長居したマリーナでは、私の洗濯ダンスが名物になったくらいです。

洗濯機が登場するまで、私のお婆さんたちは大きなタライに水を張り、洗濯板を使っていました。私のダンナさんの母親も、彼が中学生になる時まで、洗濯機なぞなく、もっぱら洗濯板一本槍だったと言っていました。

日本の洗濯板は木製で擦る部分が波状になっていますが、アメリカ製のはフレームこそ木枠ですが、活躍する中央部はラクダ鉄板のような金属です。もちろんさび止めを施し、波状の金属も、毛布や分厚いモノ用、薄い下着用のモノまで5種類あります。 
  
もう洗濯板など、骨董品にもならず、忘れられた道具だと思っていたところ、未だにコロンブス洗濯板会社というのが生存していたのに驚いてしまいました。創業が1895年といいますから、実に128年も洗濯板一筋に生き残っていたのです。コロンブス洗濯板はまさに洗濯板業界の老舗、ルイヴィトンなのです。
 
本社兼工場、兼ショールームはオハイオ州のローガンという町にあり、一時期、1926年から1955年の間に、なんと1,500万枚もの洗濯板を売ったといいますから、大企業ではないにしろ、中小企業でも中に属するかと思いきや、その工場は今のアメリカの団地の3カー・ガレージ程度の広さしかなく、工具も日曜大工程度なのです。そしてショールーム兼販売店の方は、アメリカの田舎町のメインストリートにあるさびれた雑貨屋のようなのです。

それでも生産、販売をやめずにいられるのは、毎年、父の日に行われる『洗濯板フェスティバル』のおかげです。もちろんコロンブス洗濯板会社がスポンサーになっていますが、ローガン市の商工会議所も後押ししています。このお祭りはアパラチア・ブルーグラス、フォークの音楽祭で、バンドは洗濯板をリズム楽器のように棒で擦り、音楽に調味料のように興を添えます。この洗濯板フェスティバルは、年々多くの人を集めるようになり、お土産、記念に洗濯板を買っていく人が結構いるらしいのです。今では、売り上げの40%は楽器として、残りの50-60%は室内装飾ではないか…とメーカーは言っています。

ちなみに、洗濯板業界の老舗、ロレックス? ルイヴィトンであるコロンブス洗濯板は、50ドルほどで新品が買えます。使い込んだ中古、骨董品はアマゾンで25ドルくらいから出ていますからドーゾ。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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