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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第801回:黒人の懲役者を白人女性が釈放した話

更新日2023/05/11


冤罪で長いこと牢屋に繋がれていた人がDNA鑑定で無罪が証明され、何十年ぶりに釈放された話は珍しくなくなってきました。しかし、今回取り上げるのは、自分の父親を殺したと目される犯人を被害者の娘さんが駆け回り、救出した話です。

1991年、テキサス州、ヒューストン市の高級住宅地にある自宅のガレージに車を入れようとしていた77歳のロバート・ハンス・カイムさんが、黒人二人に襲われ殺されたました。

ロバートさんは地元の開発業者で、成功組、お金持ちでしたが、賊は家に侵入せず、ロバートさんのポケットから財布を奪っただけで逃亡したのです。しかし、今時、いくらお金持ちでも現金を持ち歩く人はいませんから、あまり賢い犯罪ではありません。

犯人の一人は9日後に捕まりました。それが、お決まりの黒人でドラッグの売人、20歳のジョゼフ・ディオン・ホワイトでした。目撃者も実行犯は二人いたと証言し、ジョゼフも下町で知り合ったジャマイカ人の通称“ブロッカー”と呼ばれている人物とやったと言っているのですが、主犯とみなされているブロッカーの行方が掴めず、ブロッカーが実在する人物かどうかさえ疑問視され、ジョゼフが責任逃れのためにデッチあげたのではないかとさえ思われたのです。 

実際、ジョゼフは車の中で待っている役で、実行犯はブロッカーだったのですが、主犯のブロッカーの行方が掴めない以上、ジョゼフは実行犯として無期懲役を喰らったのです。閑静な高級住宅地で白人を殺害した黒人の裁判ですから、しかも黒人の犯罪に厳しい、死刑のあるテキサス州でのことですから、死刑にならなかっただけでもヨシとすべきだったのでしょう。

ケイティーは父親がピストルで殺され、かなりのトラウマを抱きながらも、彼女自身が認めているように、経済的にとても恵まれた特権階級の生活を享受していました。彼女はニューヨーク、スノーマス(コロラド州、アスペンスキー場と隣接した超高級リゾート地)、それにオースティン(テキサス州)に家を持ち、アメリカ的アッパークラスに属しています。でも、社会意識は強かったのでしょう。 

ケイティーは2014年に、『これからの社会を見るための変革』という2日間のシンポジウムに参加し、そこでスピーカーの一人、ローリー・ジョー・レイノルズと知り合いになりました。ローリーはイリノイ州で悪名の高かったタムス刑務所を閉鎖に追い込んだ実績があります。そのシンポジウムへの参加者の大半は白人、しかも裕福層の奥さん、女性が多かったようです。

その会場で、ケイティーは偶然から、その最高厳重警備で凶悪犯ばかり収容していたタムス刑務所に24年間収容されていた黒人、ダレルと相席になり、彼の話を聞いたことが、未だに牢にいる父親を殺したとされているジョゼフのことを思い起こさせ、ジョゼフを釈放する運動、活躍を始めるキッカケになったと話しています。

ヒトはケイティーの財力があったから、また白人の女性で、社会的コネもあったからこそ、ジョゼフを釈放に持って行けたと言います。ですが、一番大切なのは、自分の父親をたとえ共犯か従犯であっても殺したとみなされている受刑者を釈放しようと試みる寛容さと、物事を順序良く追求していく能力がケイティーにはあったのだと思います。 

彼女の兄弟、親類は口を揃えて、ジョゼフを救おうというケイティーの試みに反対しているのです。第一、ジョゼフがすっかり改心しているかどうか、誰にも判らない、牢から出るためなら、どんなことでも、演技でもするだろう、おまけに牢から出た後、ジョゼフがケイティーの財力に頼りきるような生活をする可能性もある、と言うのです。

テキサス州の法律では、被害者の家族が、現在牢に繋がれている加害者の釈放を要求できます。それには調停委員を雇い、加害者の受刑態度をチェックしたり、釈放後の受け入れ先、生活の基礎などを調べる長いプロセスが必要です。幸いと言って良いでしょうか、ジョゼフは模範的な受刑者でした。

白人女性で大金持ち、恵まれた過ぎた環境で育ったケイティーとは対照的に、ジョゼフは典型的な赤貧洗う黒人家庭で育っています。父親は行方知れず、母親は看護婦の助手のような病院で一番下の仕事をして、ジョゼフと弟を食べさせていました。ですから、学校も9年生(中学3年)の途中で辞めています。彼は優れた運動神経の持ち主だったようで、地元で注目を集めるアメリアカンフットボールの選手でした。しかし、家計を助けるため、ガードマンの仕事が忙しくなり、と同時に手早くお金を掴むためドラッグの売人になったのです。

ドラッグ関係でジャマイカ人“ブロッカー”と知り合いになり、簡単にもっと儲かる仕事がある、一緒にやろうと持ち掛けられたのです。ですから、その仕事が強盗だとは、殺人に及ぶ窃盗だとは全く知らなかったようで、彼はブロッカーに言われるまま、車を運転し犯行現場で待機していたと、供述しています。ジョゼフに前科はありませんでした。

そのような事情をケイティーは事件を扱った検事から聞き、そして供述書を見て初めて知ったのです。それが2014年の10月のことで、実際に刑務所の窓越しにジョゼフと面会したのは2015年の5月20日、ジョゼフが釈放されたのは2017年の春のことですから、ケイティーは実に3年にも及ぶ煩雑な法的手順を踏まなければなりませんでした。

一方、ジョゼフはリハビリ施設に移され、釈放されても社会に害を及ぼさないか、社会に適応できるかどうかを見極められたのです。服役してから25年以上経っています。人生で一度犯した過ちを償うのに、四半世紀を費やしたのです。それもケイティーのような被害者の娘が、と言っても70歳のお婆さんになっていましたが、親身になって外で動いてくれたから、それで済みましたが、そうでなければ、ジョゼフは未だに牢屋に繋がれていることでしょうし、死ぬまで刑務所で過ごすことになっていたでしょう。

アメリカでは州ごとに刑法が異なりますが、若気の至りで犯したチョットした犯罪のため、重い刑罰を受け、世の中から捨て去られたように忘れられ、刑務所で服役している人が何十万人もいます。

ケイティーの信念が50歳になるジョゼフに新しい人生を与えたことを知りながら、もし私自身に近い身内が殺されたとして、その犯人を庇う度量があるかどうか、自信を持てないでいます。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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