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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第611回:ホワイトハウス・ボーイズの悲劇

更新日2019/05/30



アメリカの大統領官邸をホワイトハウスと呼ぶことは世界中に広く知れ渡っています。ホワイトハウス・ボーイズなどと呼ぶと、官邸に巣食っている権力志向の脂ぎった叔父さんたちを想像してしまいますが、ここでは、フロリダ州、マリアンナ(Marianna, Fla.)にあった白塗りの建物のことです。

正式名はドージャー・スクール(Dozier School)と言います。学校とは呼んでいますが、青少年の更生施設、少年院です。チョットした間違い犯した未成年を、そこで矯正しようという、まことに立派な趣旨で、大人向きの本格的な刑務所に入れるには若すぎるし、罪も軽い、それに本格的な刑務所に入れると悪く染まって出てくることが多いから、8歳から21歳までの青少年はこのドージャー学校に入れて、教育し直し、社会人として巣立たせようと創設されました。それが1900年のことです。

この施設はフロリダ州立で、州が経営、管理していました。常に70人から100人ほどの子供たちが収容されていました。この施設のカタログというのでしょうか、大いに太鼓もち風の記事、写真を見ますと、年齢別のクラスで15人か20人程度の生徒が広い教室にゆったりと机を並べ、勉強していますし、屋内の体育館はありませんでしたが、バレーボールやソフトボールに興じている写真、それに先生と生徒が仲良く、ニコヤカに校舎の前で映っていたりで、とてもゆとりある優雅な更生施設のようなのです。

ウチのダンナさんが通っていた日本の小学校では、1クラスに70人以上詰め込まれていたといいまますから、写真だけ見ると、このドージャー学校はエリートの学校みたいだな…と、脇でつぶやいています。この施設に住んでいる少年たちを、“ホワイトハウス・ボーイズ”と呼んでいました。

この白塗りの校舎の北350メートルほどのところに西部劇風のブーツ・ヒル(Boot Hill)と呼ばれている墓地があります。この墓地の墓標は写真で見ると、簡単な木の十字架が不揃いに、歪んで立てられているだけで、通常必ず刻まれている、埋葬されている人の名前、生年、没日の記述が全くないことです。この施設で亡くなった少年たちのお墓です。

この地域を襲ったハリケーンで倒された木々の後始末をしていた人たちが、27体もの白骨化した死体を見つけました。そこは墓地ではなくホワイトハウスから150メートルと離れていないところです。当初、古代スミノール族の骨かとも思われ、南フロリダ大学の考古学グループが地面下用のレーダーを使って調査したところ、出てくるは出てくるは、現在まで82体の遺体が発見されたのです。

これらは、ホワイトハウス・ボーイズが、お仕置き、折檻強いては拷問、強姦にまで及んだ結果死に至らしめた、言ってみれば虐殺されていたことが判ったのです。

そのように、動物以下の扱いを受けてきた少年たちの生存者も公けに名乗り出てくるようになりました。フロリダ州のこの界隈では、ホワイトハウスは大統領官邸ではなく“強姦の家”として広く知られていたと言うのです。とりわけ、逃亡を企てた子供には、厳しい懲罰、拷問が加えられ、殺されることが多かったと言います。

ジェリー・クーパーさん(Jerry Cooper)は16歳の時に家出し、ヒッチハイクで彼を車に乗せてくれた人が、その盗んだ車を運転していたのを、車泥棒と同罪と見なされ、ドージャー・スクールに送られました。

校内でタバコを吸っていた罰として鞭打ちの処罰を受けています。英語でスパンキング(spanking)というのは、主にお尻や手の平を細い棒やベルトで叩くことを意味します。私もお父さんにお尻をぶたれたことがあります。ところが、ビィーティング(beating)となると、本格的なそれ用のムチでむき出しにした背中をヒッパタク、打ち据えることを意味します。クーパーさんは135回ビィーティングされたところで気を失ってしまいました。

彼が収容されていた1960年代に、そのような懲罰のための暴力、強姦は日常的に行われていて、失神し、立ち上がることもできない少年がある日、そのまま消えてしまうことがよくあったと語っています。クーパーさんは、ドージャー・スクールで殺された子供は300人は下らないだろうとも言っています。

どうして111年間もの長い間、つい最近まで、最終的に閉鎖されたのは2011年です、そのような地獄収容所が州によって運営されていたのか、許されていたのか、どうして収容され、殺された子供たちの親は訴えて出なかったのか、不思議に思えます。

この施設、ドージャー・スクールはとかく噂の耐えないところで、関係者だけでなく、州のお役人たちがそこで何が行われていたか、知らなかったはずはないのです。

一つに、ここに収容されていた少年は、非常に貧しい家庭の子供、プワーホワイトか黒人が多く、親もわが子を見放していたか、わが子がそこで死んでも、州政府に調査を要求したり、裁判に訴えたりは想像外のド貧乏か無教養の親が多かったからでしょう。

いわば社会の最下層の子供たちが多く、親が面会にも来ない少年を狙い撃ちするように強姦していたのでしょう。社会学者が指摘するまでもなく、アメリカ北部の少年院、親に金力、権力があるような地域では起こりえない事件だと言えます。ちなみに全米に195ヵ所の少年院があります。

もう一つ重大なことは、州政府のお役人の体質です。2011年に閉鎖になったのは、合衆国政府の調査が入り、やむなく閉鎖されましたが、それまでに何度も州レベルでも検査、調査を受けているのです。閉鎖される2年前、2009年にも州の調査が入っています。泥棒が泥棒を取り調べて真実が出てくるわけありません。ドージャー・スクールで不適切な暴行が行われている事実はないと、強姦室のある少年院の運営継続を許可しているのです。

アメリカの司法システムの奇妙なところで、殺人こそ申告罪ではありませんが、強姦を含めた暴行は被害者が警察に訴えて出なければ、犯罪は成立しません。微力な市民団体が生存者を探し、裁判に持ち込もうとしていますが、現在の時点で少年たちを強姦し、拷問にかけ、殺したドージャー・スクールの職員は一人も逮捕されていません。

そんな暴行に気付いていながら、少年院を運営させていたマリアナ郡や州のお役人も同罪にすべきだと信じています。

今、気がついたのですが、このドージャー・スクールの大量虐殺のニュースを取り上げているのはイギリスの公共放送局BBCなのです。このコラムもBBCとNPR(アメリカのNational Public Radio)に依りました。アメリカのテレビの4大チャネルや大手の新聞雑誌では、3行記事程度にしか扱っていません。

アメリカで最下層のド貧乏でいることは、すべての権利を失い、我が子を殺されても文句を言えない立場に甘んじることになるのです。このような事件を知るたびに、つくづくアメリカ人でいることが恥ずかしくなり、自分が属する社会に対する責任から逃れることになるのを承知の上で、この国から逃げ出したくなります。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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