第612回:Hate Crime“憎悪による犯罪”の時代
“Hate Crime”(ヘイト・クライム)にピシッと決まる日本語の訳語が思いつかず、見つからず、ウチのダンナさんに相談したところ、彼も「ウーム?」と考え込んでしまいました。日本にも人種偏見やある特定の宗教の信者に対する理由のない嫌悪の情に根ざした犯罪行為はあったし、現在進行形であると思うのですが…。ダンナさん「そりゃ、たくさんあったさ。関東大震災の時に何万という単位で朝鮮人が殺されたし、部落民に対しても、タダの偏見だけでなく、暴力に及ぶことも珍しくなかったはずだゾ…」と言うのですが、どうにも英語で最近当たり前に使われている“Hate Crime”にピタリと当てはまる日本語が出てこないようなのです。そこで苦し紛れですが、“憎悪による犯罪”としました。日本の新聞などでは何と呼んでいるのでしょうか。
右よりの政策が支配的になり、暴力的な犯罪が多くなってきたアメリカを逃れ、まず平和的に見えるニュージーランドに移り住もうかと…夢想していたところ、ニュージーランドのクライストチャーチでモスクを襲う大量虐殺事件が起こり、心底驚いてしまいました。犯人はオーストラリア人でしたが…。
そして、スリランカでのキリスト教教会へのテロです。現在時点で321人が亡くなり、500人以上が重軽傷で病院に収容されています。“Hate Crime”は世界的に広がっています。
“Hate Crime”の特徴は、直接自分の利益に結びつかない、利己的、独善的な暴力行為ということでしょうか。それを組織的に最大規模でやったのがナチス・ドイツです。あのようにユダヤ人、ジプシー、身体精神薄弱者を抹殺するのはドイツ全体の経済だけでなく社会的にもマイナスだったし、外交政策としても拙いことになるのは承知の上で、理由のない憎しみをユダヤ人たちに向け、組織的に抹殺していました。
アメリカ、ピッツバーグでも、昨年、ユダヤ教の教会、シナゴグが襲われ、11人の犠牲者を出しています。この事件の犯人ロバート・ボウースが、「すべてのユダヤ人を殺せ!」などとインターネットに書き込んでいるのを見ると、なんだかナチス・ドイツの時代に戻ったような気分にさせられます。このような反ユダヤ人、反ユダヤ教の暴力は2018年には前の年より57%も増えています。
長いアメリカの黒人奴隷の時代を経て、南北戦争で開放されたはずの黒人に対する暴力は今も頻繁に起こっています。もうKKK(クー・クラックス・クラン)の活躍を許す時代ではないと思いきや…2017年にはアメリカ国内で1,038件もの“Hate Crime”(80%は黒人に対するもの)が起こっています。(U.S.Justice Department)
つい最近、ルイジアナ州、セント・タンドリーという小さな町(St. Landry, Louisiana)で10日間に三つの教会が焼き討ちに遭いました。もちろん三つとも黒人の教会です(アメリカでは直接的にBlack Churchと呼んでいます)。人類愛を説くはずのキリストの教会が人種別、あるいは階層別に分かれているのも奇妙なことですが…。
放火犯は21歳になるホールデン・マシューズ(Holden Mathews)という白人至上主義の若者でした。放火は至って初歩的なやり方で夜間人目のない時に、ガソリンをかけ、火を点けるというもので、彼の父親は町のシェリフでした。
最盛期と呼ぶのも変ですが、多い年(1995-6年にかけて)は145の黒人教会が焼き討ちに遭っています。ルイジアナ州だけでも、1872年から今までに150人の黒人がリンチで殺されています。
このような事件は氷山の一角で、モスレムや不法にアメリカに入国したメキシコ、ホンジュラス、パナマ、サルバドル人たちの中南米人に対するテロにも似た犯罪は毎日のように起こっています。メキシコとの国境を見回っている私的な警備隊、彼らはライフル、ピストルなどの武器、暗視鏡、レーダーなど本物の軍隊顔負けの装備を駆使して不法外人狩りをやっています。彼らが間違ってか、意図的にか、越境してきた人を撃つ事件は、多すぎてニュースにもなりません。
今や“Hate Crime”全盛の時代になってしまいました。
テレビに押されラジオ放送が死んだと思うのは早とちりで、車社会のアメリカでは通勤に費やす車の中での時間が長く、結構な人がラジオを点けっ放しにして聞くともなく聞いています。その中でもトークショーと呼ばれているニュースそのものより、そのニュースが持つゴシップ的な側面をトークショーのホストが独特のコメント、解説を付けてしゃべりまくる番組と宗教関係、主にキリスト教の新興セクトが人気を集めています。彼ら、彼女らの影響力はとても大きく、選挙の大勢を左右するほどです。もっとも、トークショーに耳を傾ける層は本や新聞を読まない人たちが多いのは事実ですが…。
ラジオ・トークショーは日本であまり知られていないアメリカの文化の一つと言っていいでしょう。毎年、ベスト・トークショー・ホスト100人が発表されるくらいですか、何百というトークショーがラジオを通じて流れています。
有名なのは極右、白人至上主義者のラッシュ・リンボー(Rush Limbaugh)です。オバマ前大統領はコンゴ人でアメリカ国籍を持っていないとか、アフリカ類人猿だとか、どこまで本気で言っているのか分かりませんが、面白おかしく、悪い冗談をふんだんに混ぜて、単なるセンセーショナリズムを売りにしています。これがものすごく人気があり、全米のネットワークで放送されています。もし彼の機関銃のようにまくし立てる話が分かり、冗談、バッシングの背景を掴めるなら、貴方の英語力とアメリカ学はたいしたものです。
もちろん、トークショーのすべてが白人至上主義の極右というわけではありませんが、ラジオを車の中で聴く層に右寄りの人が多いのか、圧倒的に右翼のブローカスターが多く、社会的影響も強いのです。右寄り政党のリパブリカンの党員、議員もトークショー・ホストをとても大切にします。
“Hate Crime”に走る人たちがそんなトークショーの影響を受け、自分の行為を正当化してる…と言ってよいでしょう。自分と異なる人種や宗教を持つ人を差別するだけでなく、殺してしまえという“Hate Crime”を許すことは、そのままナチスの再興を許すことになると思うのです。
白人至上主義者たちは、白人の中のクズなのです。と言った後で、私自身、彼らを病原菌を持つ人種のように嫌っていることに気が付きました。これは何も私のダンナさんが色付きの人種だからではありません。私は、白人至上主義者をヘイト(忌み嫌って)していますが、彼らを殺す、クライムにまで及ばそうとは思っていませんが…。
-…つづく
第613回:ルーサー叔父さんとアトランタでのこと
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