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■ビバ・エスパーニャ!~南京虫の唄
 

第1回:フランコ万歳! その1  【新連載スタート】

更新日2021/03/18

 

夜中の何時だったろうか? 深い眠りに落ちていたから、真夜中は過ぎていたと思う。私は乱暴に揺り起こされた。目を開けると、ピストルが自分の頭に突き付けられ、人相の悪い男たちがスペイン語で何かわめいているのだ。

私は、部屋を借りている家主のマキシモと彼の友人たちが冗談劇を演じていると思い、悪い冗談はやめろ、寝かせてくれ…とばかり、そのピストルを片手で払いのけ、寝返りを打ったのだった。と同時に、平手のビンタが両頬に飛んできて、やっと、これはマキシモが仕組んだシバイではないと悟らされたのだった。

脳裏に浮かんだのは、強盗の一団が襲ってきたのでは…ということだった。考えてみるまでもないことだが、こんなところ、私が借りていたマドリッドの屋根裏部屋は、毎日曜日に“蚤の市”が開かれる通りと平行に走っている急な坂道、裏小路で、貧民窟と呼びたくなるような地区にあり、物盗りが侵入してくるわけがないのだが、そう咄嗟に思ったのだ。 

このピソ(piso;共同住宅、アパート))はすべてが古めかしく、磨り減った木の階段を登った5階にあった。部屋の半分は傾斜した屋根になっているので、背筋を真っ直ぐ伸ばして立てるのは、全体と言っても6畳間ほどの広さの半分以下だった。窓は天井、すなわち屋根にあり、ベッドに寝っころがっていると、月や星がよく見えた。月明かりが強烈と呼びたくなるほどの明るさで部屋の中を照らした。夜はまだ良い。問題は夏の昼間だった。サウナそこのけまで熱気が篭もるのだ。トイレは5階屋根裏部屋住居4軒共同で、一つしかなかった。トルコ式、アラブ式とか呼ばれている足乗せ台が、真ん中にポッカリと開いた穴を跨ぐようにあるという原始的なものだった。

どう考えても、そんなところに強盗が押し入ることなどあり得ないのだが、私にビンタを張った人物、それに一歩離れて銃口を私に向け、構えているヤツ、それに加えて部屋の入口には機関銃を腰だめにしたヤツ、いずれも人相が悪く、薄っすらと脂の浮いた無精ヒゲ面だったし、服装もギャング映画によく出てくるような襟の広い気障なジャケットを羽織り、その下は広く開けたワイシャツから胸毛を見せ、金の鎖を下げているという出で立ちで、どう見ても下町ギャングの下っ端のイメージだったのだ。

今思うと、彼らは異常に緊張していたのだろう。岡本公三がテルアビブの飛行場で乱射事件を演じた後だったし、日本の赤軍派の5人がヨーロッパ、それもスペインに流れ込んだというガセネタ(偽情報)が広がり、スペインの新聞に5人の顔写真入りで報道されたばかりだったから、オマワリも浮き足立って、普段たとえ貧乏バックパッカーでさえ近寄らないような、蚤の市の裏小路のボロアパートの5階に住む、間の抜けた滞在者、しかも日本人らしき若者の逮捕に乗り込んで来たのだろう。

私が何も抵抗しなかったことが、命を救ったのだと思う。彼ら治安警察官にとって、私が抵抗したから、暴れたから射殺した…と、何とでも理由を付けることができたのだから…。私は抵抗どころか、一体何が自分の身に起こっているかさえ、寝ぼけていて実感がなかった。

彼ら、グァルディア・シヴィル(guardia civil;治安警察)は、自分たちが警察官であることなど全く口にしなかったと思う。しかし、これは彼らにとって極度に緊張した捕り物劇だったから、私に刑事モノのテレビドラマのようにイチイチ黙秘権を読み上げることなどせず、それどころか“Policia”(警察だ!)とも言わなかった…と思うが、少なくとも私には記憶に全くない。

思いっ切り頬を張られ、被っていたシーツを引っ剥がされ、パンツ一枚の格好で、両脇を抱えられるように起こされ、万歳をした両手を壁に付く姿勢をとらされた。両足も肩幅ほどに広げさせられたが、その時足首を蹴られた。その間、私の頭にピタリと拳銃の銃口が当てられていたし、脇の下には軽機関銃、ドアの敷居には痩せ型の男が腰だめにした機関銃を構えていた。 

それから、私の脇腹に銃口を突きつけていた男だと思うが、このあたりはだいぶ記憶が怪しいのだが、次の光景、痛さははっきりと覚えている。ともかく、誰かが私のパンツをグイと足首まで下げたのだ。私はほとんど条件反射的にパンツを抑えようとした。おかげで、何発か余計に殴られ、銃尻でパンツを押さえた手の甲を打たれた。パンツは足首に絡まり落ち、私は素っ裸で壁に手を突いた姿勢を取らされたのだった。

この話、逮捕劇のことを話す時、私はいつも大いに脚色して、スペインのオマワリが、「オオ凄い、さすが歌麿の国から来たヤツだ…」と私の巨根に目を丸くしたとホラを吹いていたものだが、もちろん私のモノは、実際には緊張と恐怖で縮こまり、見る影もなかったことを告白しなければならない。

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マドリードでは蚤の市(Rastro)が毎日曜日に開かれる(写真は1980年頃)

一体どれほどの時間、尻丸出し、フルチン状態で壁に向かって立たされていたのか分からない。自分一人だけ素っ裸にされているのは、どえらく心細い心境になり、とりわけ服を着た人に囲まれていると、抵抗どころか、人間を萎縮させるものだと知らされた。恐らく1時間以上そのままの姿勢をとらされていたと思う。

その間、私は由々しき事態に巻き込まれたことが分かり始めたのだった。そして、チラッ、チラッと彼らオマワリが“家宅捜査”をおっぱじめるのを目の端に収めた。 

アクション映画、刑事モノ映画などを相当観てきたつもりだが、スペインのオマワリの家宅捜査はドを越していた。捜査というよりも、破壊だった。マットレスを引き裂くのは序の口で、枕の中身のスポンジの細切れが部屋中に飛び、壁紙まで引っ剥がし、小さな台所の棚そのものをぶち壊し、食器類、皿、コーヒーカップは割れるまま床にばら撒き、ベッドも引っくり返し、ベッドのフレームのパイプの脚の中をチェックし、天井窓もガラスを割り(何も割らなくても、下から持ち上げるように開けることができるのだが…)、屋根の上にも人を送った。

小さなアパート、マキシモと私の狭い寝室二部屋、これも極小の台所、それに外からアパートに入ったところにある窓なしスペース、ドアの上にある採光用の欄間が吹き抜けの廊下、回廊に面している玄関部屋だけで、総面積が12~15畳程度の広さしかなかった。そこを、まるで大捕物のようにハデな家宅捜査を繰り広げたのだった。

元々家主のマキシモは、この場末のピソを買ったばかりだったし、私もここに間借りしてからほんの2ヵ月ほどだったから、家財道具、持ち物はきわめて少なかった。私の私物と言っても、パイプフレームのバックパックに収まる程度で、下着、シャツが何枚か、それに数冊の本だけだった。スペイン語の辞書、それに幾人もの手を経てきたNHKのスペイン語教則本(これは、友人のオヒツダキオからの借り物だった)と、日本語のスペイン市民戦争の本だった。

この本のおかげで尋問が長くなり、厳しい扱いを受け、余計に何発か殴られることになったのだった。

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蚤の市でにぎわう通り(写真は1980年頃)


-…つづく

 

 

第2回:フランコ万歳! その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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