■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻
第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて
第2回:移動遊園地で、命を惜しむ
第3回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(1)
第4回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(2)
第5回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(3)
第6回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(1)
第7回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(2)

■更新予定日:毎週木曜日




第8回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(3)

更新日2002/12/12


パエージャ発祥の地で、本場の米料理を食べる。それが今回の目的。村役場のコンチャが「ここがいちばん」と案内してくれたレストランL'andanaのテーブルにつくと、私はさっそくウェイターにいちばんおすすめの料理を訊ねた。すると彼、この村で生まれて育ち、この村の女性と結婚したという現在55歳のペペは即答したね。「アロッス・コン・ボガバンテ」 これは殻ごとぶつ切りにしたロブスターと米をスープとサフランを土鍋で煮て作る、雑炊風の料理。一度バルセロナの郊外で友人と食べたことがあるが、確かにむちゃむちゃ美味い。

時計を見ると、1時20分。「あの、1時間後のバスで帰らなきゃいけないのだけど、間に合う?」 ペペは悲しそうに首を振った。そりゃそうだ、スペインのレストランでランチメニューを頼むと、ワイン、前菜(大皿のサラダやスープ、マカロニ、パエージャなど)、メイン(ステーキや魚のソテーなど)、パン、コーヒー、デザートがついてくる。一般的な昼食タイムの午後2時から食べ出したとして、席を立つのは早くて4時前後になるのが当たり前。いわんや時間がかかる米料理をや、である。

私も、ペペに負けないくらい悲しい顔をした。「実は米を食べに、マドリーから来たんです。でも1時間後のバスに乗らないと帰れないし……。なにか、用意していただける米料理って、ないですか?」 ペペは少し考えた。「お米のスープを作りましょうか? トリの出汁で煮込みます、美味しいですよ」「トリって、鶏?」「いや、野生の鳥です。もっと小さくて、もっと美味しい」 お、では野鳥ではないか! そこでこのスープと、前菜にエビを焼いたのと、生ビールを注文。

これが前菜の、「ガンバス・ア・ラ・パリージャ」。"a la parrilla"は網焼きという意味なのだが、スペインではこのシンプルな調理法のものが抜群に美味い。エビでもイワシでもイカでも、肉でもなんでも良い。ソースだの香草だのややこしいことは一切していないのだが、なぜかどこでも塩加減が絶妙なのだ。もしレストランで注文に困ったら、この「ア・ラ・パリージャ」ものを頼めばまず失敗しないだろう。

香ばしい匂いのエビをつまみ、周囲を見てこっそり殻ごと食べる。なぜこっそりかというと、スペイン人はまず殻や頭を食べないからだ。以前私がぜんぶむしゃむしゃ食べていたら、いつの間にか大注目を浴びていた。『スクープ映像! 卵を殻ごと食べるビックリ人間』くらいインパクトがあったらしい。それから、殻はこっそり食べる。尻尾と頭は残す。皿を下げにきたペペに、なにも残っていない皿を突き出して驚かせるのもかわいそうだし、ね。

そして生ビールの2杯目を頼んだあと、ついにお米のスープが登場! 

真っ白い器に、サフランの黄色だけが揺れている。飾りにパセリを散らしたりしない潔さ。このシンプルさが、スペイン料理なんである。実はパエージャも、本場の具はウサギとカタツムリ、それにインゲンマメという質素なものらしい。おらんちの裏の畑でとれたものと米を炊いた、という感覚である。もちろん海の近くで魚介類がたっぷり入っていたりするのもあるし、確かに美味しいのだが、その場合も海のものと山のものを混ぜてはならない。いや、ならなくはないのだけど、鶏肉とエビが並ぶ横でムール貝がカパカパカーと開いていたりすると、ちょっと「見た目重視の観光パエージャ」感、が強いのね。

さて、どこぞの小さな鳥から出たというスープは、濃厚で美味しい。お米の茹で具合も良い。サフランの風味も大好き。文句なく美味いのだけど、やっぱりロブスターごはんかパエージャを食べたかったなぁ。いつも一口めを飲み込む前に「どうだ? 美味しいか?」とわざわざ訊きに来るペペにそう告げると、「そりゃそうだ、またおいで。いや、来るべきだね。そのときは事前に『キリスさん(ペペの苗字)、いまから行くから美味しいご飯をよろしくね!』と電話しなさい。覚えておくから」と、名刺をくれた。

いけない、2時15分。お勘定を頼むと、20.40ユーロ(約2500円)。レストランなので、これくらいはする。チップを含めた額を置いて立とうとすると、ペペが小さなグラスを手に走ってきた。食後酒のマスカット・リキュール。甘い液体をヤッと流し込み席を立つと、今度はなぜか木のしゃもじを持って追いかけてくる。よく見るとパエージャを鍋から直接食べるためのスプーンで、プレゼントだって。ありがとう、本当に、また来るねー。今度はロブスターごはんを、食べよう。ここで。

一日5本しかないバスに無事乗り込み、2時間弱のエル・パルマール村での滞在はおしまい。パエージャ発祥の地で本場の米料理を食べるという目的は、3割達成くらい。東京から名古屋に味噌煮込みうどんを食べに行って、素うどんを食べたようなものか。あるいは同じく中日ドラゴンズの試合を見たのだが、仁村(弟)が出ていなかった、とかね。まぁ良い、また来るぞ。いつかウサギとカタツムリとインゲンマメの元祖パエージャも食べたいし、それに遊覧船にも乗りたい。なによりコンチャとペペにも、また会いたいし。

ジカタビをはじめてから、地図を見ると思い出すひとの顔がどんどん増えるのが、とてもうれしい。


■DATA: L'andana
Pl. Sequiota,7 - dreta EL PALMAR 93-162-0019
バレンシア料理専門店、とくに米料理で有名。

 

 

第9回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(4)