17時過ぎの原田駅である。今日は熊本に泊まる予定だから、このまま鹿児島本線を南下すればいい。しかし私は逆方向の博多行き"準快速"に乗った。夏の陽はまだ高いし、日没前にもうひとつ乗りたい路線がある。それは『博多南線』という。博多駅と博多南駅を結ぶ、たったひと駅間の路線だった。博多南線は時刻表の巻頭の地図を見ると、山陽新幹線を延長したように描かれている。その通り。この路線は山陽新幹線の延長区間だ。ただし在来線として扱われる。風変わりな路線である。
周遊きっぷ九州ゾーン券は、JR線のすべてに乗車できる。しかし、博多南線は新幹線と同様に対象外だ。だから切符を買わなくてはいけない。博多駅と博多南駅間は8.5kmで運賃は190円。これに100円の特急料金が加わる。新幹線の車両を使うしスピードも出る。ゆえに普通列車というわけにはいかないらしい。JR九州の在来線自由席特急券の最低額は25kmまで300円だから、特例料金の100円は良心的かもしれない。片道290円で新幹線の車両に乗れるなら、電車好きのこどもは大喜びだろう。
レールスターに初乗り。
博多駅コンコースには、新幹線と博多南線の発車案内表示機が並んでいた。博多南線の機械は小さかった。次の発車は18時15分。乗り場は13番線ホームである。のんびりとエスカレーターを上がってホームに立つと、乗降口付近に行列ができていた。私はまだ並ばずにホームを散歩する。向こう側の線路に500系電車が居た。鋭角で戦闘機のような先頭車と、丸みを帯びた細い車体がかっこいい。しかし、N700系の増備により、東京と博多を結ぶ『のぞみ』号から引退する予定である。500系は8両編成に短縮され、山陽新幹線内で『こだま』として運行するという。私にとっては今日で見納めかもしれないから写真を撮っておく。
18時15分発の博多南行き列車は、新大阪発の博多行き『ひかりレールスター』としてやってくる。博多到着、つまり入線は18時05分である。車両は700系のレールスター仕様車だ。この車両はJR西日本が大阪と博多間の航空便に対抗して走らせている。8両編成で、東海道新幹線では5列シートの普通車指定席が4列シートだ。東京では見られない車両だから、これに乗れるとはちょっと嬉しい。しかし列車が入線する頃にはホームが混雑して、号車も窓際も選べなかった。慌てて乗り込んだ車内は煙草の匂いが充満している。どうやら喫煙車に乗ってしまったらしい。
いずれ九州新幹線になる区間。
博多南線は新幹線とは違う。福岡近郊の通勤列車であった。平日の18時過ぎといえば帰宅ラッシュだ。車窓もベッドタウン行き列車のもので、博多駅を出てしばらくは雑居ビルとマンションが続く。鹿児島本線を高架線で乗り越えた辺りから戸建て住宅が増えてくる。線路の右側には那珂川が並んでいるはずだが、こちらは高架線のため見下ろせない。その代わり、遠くに山が見える。福岡県と佐賀県の境の脊振山地である。
列車はスルスルと加速していく。新幹線車両だから、このまま遠くへ行けそうな気がする。しかしすぐにスピードを落とした。車窓左を見ると、線路がどんどん増殖して、新幹線の列車がたくさん並ぶ。ここに新幹線車両の基地を作ったとき、付近の住民から、回送列車に乗せて博多へ連れて行ってほしい、という要望が出された。それに応える形で車庫の端に博多南駅を作った。JR西日本が運行し、博多南駅はJR九州が運営する。車庫と博多駅までの線路は九州新幹線が使う予定である。
車庫に進入した。
博多南駅の施設は仮設駅のようなものだろうと思っていたけれど、実際には立派なホームで、駅舎も有人である。ホームの端では親子が先頭車を背景に記念写真を撮っている。新幹線の各駅はホームに柵があって、乗降口以外では車両に近づけない。それを考えると、この駅は記念撮影に最適な場所だといえそうだ。私も先頭車の写真を撮ろうと思ったけれど、順番待ちの列ができ始めたので遠慮した。逆に、先頭車越しに車両基地の入り口を撮ってみた。ちょうど0系新幹線車両がやってきた。初代新幹線の形式である0系も、今年いっぱいで引退の予定である。
記念撮影の少女の向こうに0系が……。
改札を出て駅前広場に出てみた。そこはペテストリアンデッキといって、歩道橋を兼ねた広場になっていた。その周りはマンションだ。しかしどの建物にも活気がない。なぜかとしばらく考えた。クルマが少なくて静かなことと、こどもの声が聞こえないからだろう。周りのマンションは単身者向けばかりで、ファミリータイプではないのかもしれない。夕暮れの効果もあって、住宅街の駅前にしては寂しい風景である。
博多南駅のホームは1面だけ。
博多南駅。
広場の下にバス停があるようで、ぽつりぽつりと人が集まってくる。博多からこちらに通勤する人もいるようだ。次の列車は19時ちょうどだ。駅の戻り、あらためて観察すると、新幹線の電車が停まるというのに、田舎の終着駅のような雰囲気である。形ばかりの待合スペースには小さなベンチ。自動販売機の冷たい光。自動改札機越しにホームがあり、列車が間近に見える。この佇まいは新幹線の駅ではなかった。自動券売機で帰りの切符を買った。行き先ボタンには東京や名古屋など東海道新幹線の駅名もあって、やっぱりこの駅は新幹線だと思わせる。
山陽新幹線は東海道新幹線から引退した車両も走っている。博多車両基地には東京では見られなくなった100系や0系が佇んでいる。帰りの列車はどれが来るかと思ったら、思いがけず0系だった。0系は今年中に全車両が引退する予定である。私はシートを向かい合わせにして背を倒した。0系が走り始める。空がオレンジ色に変わり、真っ黒な雑居ビルの向こうに夕陽が沈んでいく。お別れにはできすぎた演出であった。
帰りは0系のお別れ乗車。
-…つづく
第259回からの行程図
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