宿といっても例によってネットカフェである。チェーン店で、新潟の店は静かで広い個室があって好印象だった。しかしここは狭いブースしかなかった。どうにも仮眠するには窮屈で、そうかといってネットで遊べるほど元気ではなく、じっと朝を待った。ネットカフェのチェーン店は、看板貸しだけのフランチャイズばかりなのだろうか。もっとも、こちらとしては雨風をしのげればいいので文句はないけれど。
「空港急行」で名古屋を出発。
宿を低コストで済ませたぶん、朝はちょっと豪華にしよう。今日はこれから中部国際空港へ行く。そこのレストランで飛行機を見ながらのんびり朝食を楽しむつもりだ。地下鉄の中村区役所駅を05時30分の始発で名古屋へ。わずか1分で名古屋着。名鉄の窓口で、もう何度も使った「まる乗り1DAYフリーきっぷ」を買った。たぶんこのきっぷを使う機会はもうないだろう。今日の旅で、名鉄をほぼ完乗するつもりである。
名古屋発05時43分の急行中部国際空港行きに乗った。名鉄は中部国際空港行きの快速特急「ミュースカイ」を走らせている。せっかくだから乗りたい。しかしこんな早朝から走っていない。急行電車は先頭に5310と番号が入った4両編成で、通勤車両のロングシートだった。早朝だから空いている。どの席に座ってもいい状態だ。それでも電車好きだから運転席の後ろに立つ。むしろ、夜通し座っていたから立ちたい。
電車は東海道本線に沿って神宮前へ。ここから高架で東海道本線を乗り越えて、これが名鉄常滑線である。三つ先の大江までの景色は見覚えがある。ちょうど2年前、大江から名鉄築港線で東名古屋港まで往復している。朝と夕方、工場の通勤客を対象とした路線だ。築港線のホームにも赤い電車が止まっていて、いつもの朝が始まろうとしていた。
さあ、ここからが初乗り区間だ。築港線の分岐からもわかるように、常滑線は名古屋港エリアに近い場所を走っている。車窓の左は住宅地、右が工業地帯であった。大江川を渡ると、左側は暗渠になっていて、公園が整備されているようだ。次に渡る天白川は少し幅広だ。こちらはコンクリート堤が整備されている。海側には鉄橋がもうひとつあった。貨物線の名古屋臨海鉄道である。昔、この地区の貨物列車は名鉄が運行した。しかし旅客列車が増えたため、貨物用線路を新たに作ったという。名古屋臨海鉄道の資本には名鉄も加わっている。
太田川駅。
道幅の広い道路を高架で横切って、なおも電車は住宅と工場の境界線を走っている。道路はトラックやトレーラーばかりである。伊勢湾岸自動車道をくぐると左手に森がちらりと見えて、右手に大きな工場がある。愛知製鋼のようだ。電車は重工業地帯に入っている。しかし、製鋼所の向かいは聚楽園公園だ。大正時代に観光目的で作られた公園で、池の周りに広場や温泉施設がある。工場の人々は優待券で入れるだろうか。
急行はぐんぐん通過していったけれど、愛知製鋼の真横の駅は聚楽園だった。その次の駅は新日鉄前だ。線路周辺にそれらしき建物はない。しかし新日鐵名古屋といえば名古屋最大の工場だ。粗鋼生産量5千957万トン、臨海部に面した敷地面積はナゴヤドーム130個ぶんになるという。得意先はもちろんトヨタ自動車だろう。同社のサイトによると、製品は自動車・家電・容器用を中心とする薄板類が約8割を占める。
次の太田川駅で常滑線と河和線が分岐する。ホームは2面、線路はその両側にあって、この急行列車は分岐を直進した。ホームの向かい側には電車が待っている。河和線へ連絡する電車らしい。急行電車はすぐに発車して、中央の複線に入った。左へ分岐する河和線は平面交差になっていて、構内にポイントがいっぱいある。それが妙に嬉しい。
常滑駅。
この先、常滑線は高架化工事を実施しているようだ。線路の右側にそって空き地があり、それが収束するあたりから、こちらの線路が高架を上がった。周辺の建物が低いので見晴らしが良くなる。やっぱり地下鉄より高架のほうがいいな、と思う。大きな屋根が覆う尾張横須賀駅。そこから高架を降りると寺本駅。高架を降りた理由は、というより、高架にならなかった理由は、先に道路が線路の上にあったからのようだ。再び高架になって、広い駐車場が見えると朝倉駅である。
次の古見から森のそばになる。集落を過ぎると森の中。ちょっと意外な展開だ。森の地帯が過ぎると海になる。そうだ、海のそばを走っていたんだと思い出させる景色。しかしまた海から離れて民家の海へ埋没する。ちらちらと畑も見えたような気がするけれど、だいたいが民家。そして高架線になって常滑である。書くと単調で恥ずかしくなるけれど、こんな景色が30分ほど続く。なかなか楽しい車窓である。
空港線から管制塔が見える。
高架となって常滑駅。常滑線の終点である。列車はそのまま走り、ふたつ先の中部国際空港駅までいく。常滑線の延伸ではなく、わざわざ空港線という名前になっている。その理由は、線路の所有者が名鉄ではなく、中部国際空港連絡鉄道という第3セクターになっているからだ。愛知県のほか、空港の恩恵を受ける沿線の市も出資し、名鉄も出資している。名鉄はこの会社の線路を借りて走っている。
新しい高架路線は気持ちいい。電車は競艇場と港に挟まれた、くびれのようなところを通り過ぎて、埋め立て地の更地を行く。その中心に、りんくう常滑駅がある。駅前にホテルとコンビニしかない駅。ホームに人の姿もなかった。周辺は、これからどんな姿に変わっていくだろう。
りんくう常滑駅の先、高架はさらに高度を上げて、高速道路と平行する。長い橋で運河を渡る。その船のために高さを稼いでいるようだ。車窓左手には空港島が見えてきた。早朝のためか離着陸する飛行機は見えない。しかし、トーチのような管制塔が姿を見せている。貨物地区らしき低い屋根のエリアを通過して、電車は空港ビルの真横の建物に吸い込まれた。ここが中部国際空港駅。終着駅でありながら、その先の世界と繋がっている駅である。ホーム2面、線路3線の立派な施設だ。
中部国際空港駅に着いた。
ホームにはガラス張りのドアがいくつも並んでいて、電車の近く以外はガラスの部屋になっている。空調が効いていてい嬉しい。ここからもう空港ターミナルが始まっていて、空港ビル1階のバスターミナルエリアに似ている。改札口とターミナルビルの間は広い通路になっていて、これが連絡橋とは気づきにくい。国際空港にふさわしい立派な建物だ。その建物と名鉄の駅が一体になっている。飛行機ファンだけではなく、鉄道ファンにも誇らしい空港駅だった。
海外に行くわけでもないのに、海外旅行者の気分で空港を歩いた。出発ターミナルは搭乗カウンターがずらりと並ぶ。仁川空港の大きな空間に近い雰囲気がある。アジアのハブ空港にという意思を強く感じる構えだ。その階上には江戸の町並みを再現した「ちょうちん横町」がある。まだどの店も開いていないので静かだ。まるで映画のセットを歩く気分で、ちょっと散歩してみた。
ちょうちん横町。
レンガ通り。
食べ物屋ばかり見ていたら腹が減った。予定通り朝食にしよう。こんどはヨーロッパの石畳の路地をイメージしたというレンガ通りに、06時30分からオープンしているレストラン、「クイーンアリス アクア」がある。ここのモーニングビュッフェは1,000円。凝った料理はないけれど、和食と洋食のできたての料理を食べられる。窓の外、デッキの向こうに飛行機が並ぶ。ああ、旅に出たんだな、と思う。鉄道の旅だが。
1000円だけどリッチな気分で。
(注)列車の時刻は乗車当時(2008年9月)のダイヤです。
-…つづく
第286回からの行程図
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