第8回:アマゾンのサムライたち
更新日2004/10/28
こんにちは、めだかです。
10月も末になるけれど、ベレンは相変わらず暑い。熱帯なのだから当たり前だけど、連日30度以上。そんな中、この地にはあまり似つかわしくない稽古事に励んでいる。それは、クサいとか、キツいとか、本国ではあまり嬉しくない言われ方もしている剣道。アマゾンで剣道?なんて驚かれるかもしれないが、そもそもベレンは、武道、格闘技が盛んな土地柄なのだ。
格闘技ファンでないとあまり知られていないと思うけど、ベレンは世界最強の格闘技と言われるグレイシー柔術発祥の地である。コンデ・コマ(コマ伯爵)と呼ばれた柔道家でアマゾン開拓者である前田光世が、グレイシー一族に柔術を伝授したのがここベレンだ。
また、アントニオ猪木最後の後継者と言われているLYOTO(リョウト)はベレンの出身で、彼のお父さんは市内に町田道場という空手の道場を開いている。空手は特に人気があって、道場は他にもいくつかあるようだ。空手着を着て稽古に向かう男の子たちの姿を街角で見かけたことも何度かあった。
とは言っても、剣道はまだまだマイナーな存在だ。渡伯前に調べた時は、日系人が大勢住むサンパウロには道場もたくさんあり、剣道も盛んなことがわかったが、ベレンの情報は手に入らなかった。でもできれば稽古を続けたかったし、もしかしたら道場も見つかるかもしれない…と思い、念のために防具と竹刀を別便で送ることにした(重くてデカくてかなりの出費だったけど)。
そして、こちらでの生活が落ち着いた頃に改めて探してみると、ラッキーなことに家からすぐ近くのジムで稽古をしていることを発見。「これはもう見学に行くしかない!」と稽古日に一人でふらふらと行ってみた。ポルトガル語もほとんどできないのに無謀かとも思ったけど、武道に国境はないはずだわ、と勇気を出したのだ。
日系人が多いのかなぁと思っていたら、日本語を話さない日系二世の男の子が二人いるだけで、あとは先生も部員も全員ブラジル人。いちおう本場から来たということで喜んでくれたようだ(もっと強ければよかったんだけど…)。稽古が始まってみれば言葉はそんなに必要ではないし、みんなフレンドリーで、すぐに仲良くなれた。
「黙想」や「礼」といった号令や挨拶、「一、二、三、四…」というかけ声は日本語、そして神棚の代わりにパラー州の州旗を壁に貼り、稽古の最初と最後には正座してそこに向かって礼をする。礼儀作法もしっかりしていて、防具や竹刀の扱い方などは、ニホンよりも丁寧に感じる程だ。こんなに遠く離れた異国の地で…と、一つひとつのことに感動を覚えた。
武道の精神性にも強い関心や尊敬の念を持っているようだ。「気合」という外国語に訳すのが難しいような概念についても理解しているし、技術的な面と同時に精神的な鍛錬も必要だというという言葉も聞いた。そして、ニホンではもう時代劇にしか登場しない「サムライ」というものを理想化し、憧れている人も多く、ちょっと面映いくらいだ。
ちなみに、一番仲良くなった子は、『るろうに剣心』というマンガを読んで剣道に興味を持ったと言っていた。このマンガはポルトガル語版も出ていて本当に人気があるみたい。もちろん新選組も人気。白い手拭に微笑ましい手書きで"誠"と書いている子もいるし、「新選組では誰が好き?」と聞くと「斎藤一」なんていう少々マニアックな答えが返ってきたりもする。
アマゾンのサムライ、Hikaちゃん。
ところで、ニホンから遠く離れたベレンでは防具や竹刀の入手が非常に困難だ。古い防具を繕いながら使ったり、あるいは地元の業者に作ってもらったりしている(よく出来ているけど、甲手はちょっと痛そう)。竹だけは手に入らないので、竹刀は日本製だが、これも高価なので、かなり使い込んでいる。そんな話をお世話になったニホンの道場の人たちに話したら、なんと中古の防具や竹刀を寄付してくれ、これにはこちらの先生も感激していた。
空手や柔道と違って、テレビなどでもほとんど目にすることがない剣道の知名度アップのため(プラス宣伝のため)、ここの道場ではいろいろな所に出向いていって、デモンストレーションも行なっている。こんなことはニホンではやったことがなかったので、面白い経験だった。
ある時は、小・中・高校が一緒になった学校の体育祭で、デモンストレーションをした。生徒やその親たちなどけっこう大勢のギャラリーで、最初は緊張したけれど、かなり反応はよかった。終わった後、小学生の男の子たちが興奮した様子で声をかけてくれたのは嬉しかった。これで一人でも剣道を好きになる子が出てきたらいいんだけど…。
オリンピック期間中には、ベレンで一番大きなショッピングセンターで開催されたスポーツ週間のイベントにも参加した。この時は、柔道、体操、車椅子バスケetc.がそれぞれ日替わりでプレゼンテーションを行なった。開店の朝10時から夜8時過ぎまで。途中休憩をはさみつつ、1日中衆人環視の中で稽古や模擬試合を続けたのだ。
ショッピングセンターでのプレゼンテーション。
場所は1階のイベントスペースで、3階まで吹き抜けになっているので、上からも見下ろされる。ちょっと恥かしかったけれど、面を付けてしまえば、視線も気にならなくなる。ここでも周りの人たちがいろいろと声をかけてきてくれた。やはり剣道を見るのは初めてという人が多いようで、防具や竹刀を触らせてと言われたりもした。
そう言えば、全然関係ないんだけど、「ヤクザというのは本当にいるのか」という質問をしてきた人もいたなぁ(木刀を見てドスを思い出したのか?)。ええ、いますよ、と答えるとひどく驚いて「映画だけの話だと思ってた…」と絶句していた。こんな風に知らない人と話をすることができたのも楽しかった。
ニホンにいる時でも、夏の間の稽古はふらふらするくらい暑かったけど、ここは赤道直下。何を好きこのんで、暑い中、重い防具を付け、竹刀を振り回しているんだろう。もしかしてマゾ?
いやいや、それもこれも好きだからとしか言いようがない。そうして今日も汗だくになりながら、アマゾンのサムライたちと剣を交えているわけです。
第9回:市民の足は爆走バス