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■店主の分け前〜バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第304回:流行り歌に寄せて No.109 「お座敷小唄」〜昭和39年(1964年)

更新日2016/05/26

父親が気分よさそうに歌っている。「雪に変わりはないじゃなし とけて流れりゃ皆お〜なじ〜」。小学生の私が口を挟む、「お父さん、雪に変わりはないじゃなしだったら、変わりがあるってことでしょう。だったら、とけて流れたら皆同じというのは変だよ、言葉間違っているよ」。

「いいや、これでいいんだよ。ないじゃなしの方が歌いやすいじゃないか」と、いつも人の問いに対しては理路整然と答えてくれる父親が、実にあやふやな答えを返してくるのである。何とも釈然としなかったが、大人にもいい加減にしておくという解決法があるものだとぼんやり思ったものである。

私がこのコラムを書く際の大切な参考書に、社会思想社刊・時雨音羽編著『日本歌謡集 明治・大正・昭和の流行歌』がある。困った時にはこの本を開くことにしているが、その『お座敷小唄』の項に、「なお『ゆきに変わりはないじゃなし』という処は間違いだというので論戦を巻き起こしたが、歌い易くやわらかくて京都らしいというので、間違いのままの方が、人々によろこばれているのも、大衆の歌らしくて面白い」とある。やはり、そういうことらしい。

また、それに続けて、「昭和41年『その歌はおれが作った』という人が二人も現われ裁判になったが、立証不十分で敗訴になった」と書かれている。この『作った』は作詞のことを指しているのだと思うが、その後、山梨県出身の小俣八郎という詩人の『吉田芸者小唄』が、『お座敷小唄』の詞の原型と認め、小俣を原作詞者としている文献もあるが、現在のところ作詞不詳となっている。


「お座敷小唄」  作詞不詳 陸奥明:作曲  松尾和子&和田弘とマヒナスターズ:歌
1.
富士の高嶺に降る雪も

京都先斗町に降る雪も

雪に変わりはないじゃなし

とけて流れりゃ皆同じ

2.
好きで好きで大好きで

死ぬ程好きなお方でも

妻という字にゃ勝てやせぬ

泣いて別れた河原町

3.
ぼくがしばらく来ないとて

短気おこしてやけ酒を

飲んで身体をこわすなよ

お前一人の身ではない

4.
一目見てから好きになり

ほどの良いのにほだされて

よんでよばれている内に

忘れられない人となり

5.
どうかしたかと肩に手を

どうもしないとうつむいて

目にはいっぱい泪ため

貴方しばらく来ないから

6.
唄はさのさかどどいつか

唄の文句じゃないけれど

お金も着物もいらないわ

貴方ひとりが欲しいのよ


作曲者の方も、レコード発売当初は「不詳」とされていたが、後になって作曲家の陸奥明が名乗りを上げ、現在では彼の名がクレジットに上がっている。陸奥は本名を菅原陸奥人と言って、第1回NHK紅白歌合戦の最初の歌手にして、最後の存命歌手である菅原都々子の実父である。都々子の『月がとっても青いから』の作曲者としてよく知られている。

さて『お座敷小唄』は和田弘らしいスチール・ギターの「クイ?ン」という音色、メロディーはドドンパ、男の色気の松平直樹と女の色気の松尾和子の歌声、ヒットしないわけがない豪華な音作りである。

殊に5番の松平、松尾の掛け合いが良い。松平30歳、松尾29歳の何とも色っぽい、お芝居にでもなりそうなシチュエーション。今までカラオケでこの曲をデュエットしているのを何回か聞いているが、あの雰囲気が出せている人はまだいないようだ。

この曲に関しては、もう一つの個人的な思い出がある。私が20歳代で社会福祉の仕事についていた頃のことである(以下、私以外は一字仮名)。 最大手の商社に定年まで勤務されていたが、そのまま傍系の企業への再就職を蹴って私たちの社会福祉の仕事に飛び込んできた、中塚さんという方がいた。

彼は商社時代の手腕を生かし、優秀なボランティア団体の大活躍もあって、不要品バザーを毎年私を指導しながら行ない、最高時で1日の売り上げが600万円を超すという、一社会福祉施設としては驚異的な数字を残した人だった。

彼と私、そして施設への通園バスなどの運転手の荒井さん、私と一緒に編集業務に携わっていた森田さんと仕事帰りには時々飲みに出かけた。そして、興が乗って来ると中塚さんは『お座敷小唄』の節でこんな替え歌を歌った。「車のことなら荒井さん、女のことなら金井さん、調子がいいのは森田さん、真面目一筋中塚さん」。

中塚さんは商社時代、それは遊んだ方であった。だから真面目一筋のはずはまったくないのに拘らず、ニコニコしながら歌っていた。私は生涯女性にもてたことなどないのだが、なぜか中塚さんは私にとっては大変名誉な勘違いをされていたようだ。

その中塚さん、そして運転手の荒井さんがこの世から姿を消して、すでに四半世紀以上が経過してしまった。私は時々その懐かしい替え歌を、殊更ドドンパ調のリズムをつけて口ずさんでみるのである。

-…つづく

 

 

第305回:流行り歌に寄せて No.110 「愛と死をみつめて」〜昭和39年(1964年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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