のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前〜バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第301回:流行り歌に寄せて No.106 「新妻に捧げる歌」〜昭和39年(1964年)

更新日2016/04/14

「サザエさん サザエさん サザエさんって どんな人 そりゃもう美人で(そりゃもう)しとやかで 朗らかすぎて 上品で 親孝行で 親切で ラララでパッパパ パッパパでラララ」

私がまず最初に思い浮かべる江利チエミは、何と言ってもテレビでサザエさんを演じていた元気印の姿である。テレビドラマの実写版としては初めての『サザエさん』(後に何人かの女優によって演じられた)は今回ご紹介する『新妻に捧げる歌』の翌年の昭和40年からTBS系列で放映された。

長野県の小学生だった私の家庭では、当時信濃毎日新聞を購読しており、朝日新聞の連載漫画だった『サザエさん』を一度も見たことがなかったため、彼女の特殊な髪型が随分と奇異に感じられたものだ。あの頃、朝日の購読者だった人々にとってはすんなりと受け入れられたのだろうか。

マスオさんが川崎敬三、波平が森川信、フネが清川虹子で、ワカメ役はマーブルチョコレートの上原ゆかりだった。とにかく明るいサザエさんが自由奔放に動き回るという、エネルギッシュな作品。江利チエミは、実に幸せそうに演じていた。

私は一度も観たことはないが、江利チエミの『サザエさん』は、実は映画の方でずっと以前から上映されており、第1回目は昭和31年、その後シリーズとなって全10回分も製作されているそうである。こちらも彼女の大暴れする姿が、スクリーンいっぱいに繰り広げられていたと聞いたことがある。

だから、当時私は江利チエミという人は、能天気と言えるほど、あくまで健やかで伸びやかな人だと思っていた。実はそうでもない来し方であることを、後になって知るようになる。

「新妻に捧げる歌」 中村メイコ:作詞  神津善行:作曲  江利チエミ:歌
1.
幸せを もとめて 二人の心は

よりそい むすびあう 愛のともしび

悲しみを なぐさめ よろこびを わかちあい

二人で歌う 愛の歌 ラララ ラララ

2.
幸せを 夢みて 二人の心は

手をとり ふれあって 愛のゆりかご

悲しみは ひそやかに 喜びは おおらかに

二人で歌う 愛の歌 ラララ ラララ


彼女はご存知の通り、東映映画にゲスト出演したことが縁となり、高倉健と結婚している。昭和34年、チエミが22歳、健さんが28歳の年である。『新妻に捧げる歌』はその5年後の録音だから、妻として既に先輩となっていたチエミが、新しく妻となる人々に送るエールのような曲だった。

作詞、作曲の中村メイコ、神津善行の夫妻も30歳、32歳とまだ若かった。希望に満ち、おおらかに歌い上げられるこの曲は、発売後まもなくから、各地の結婚式場で実際に歌われたり、BGMとして使われたりと、たいへんな人気だったと言う。

デビュー以来、アメリカン・ソングのコピーを数多く歌い、その後は日本の民謡や音頭、さのさ、都々逸などを歌い続けていたチエミにとって、『新妻に捧げる歌』は新しいスタイルと言える曲だった。

この曲を朗々と歌い上げるチエミだが、曲を出す2年前には、健さんとの間に授かった子どもを、当時で言う妊娠中毒症にかかったために中絶を余儀なくされている。その悲しみを越えて、彼女は熱唱したのだと思う。

しかし、さらに大きく暗い影が二人を覆っていく。この曲がヒットした頃、チエミの異父姉が、夫と別れて三人の子どもを連れて上京する。そして二人に窮状を訴え、自分が住み込みの家政婦兼チエミの付き人として働かせて欲しいと懇願してきたのである。

二人はこの依頼を快諾し、自分たちの庭に離れを作って子どもと共に住まわせ、高給で彼女を雇うことにした。しかし、異父姉はここから着々と、姉妹の境遇の違いによる逆恨みから、幸せな夫婦を奈落の底に落とす画策を始めることになる。

そして、着実に計画は実行され、夫婦の預金、不動産などの財産のほとんどを奪い、卑劣な手段で誹謗、中傷を繰り返して二人の心の間に溝を作り、ついには離婚に追いやってしまう。離婚は、自分の身内によりこれ以上健さんに迷惑がかけられないという、チエミの側からの申し出だったと言う。

チエミはその後異父姉を告訴し、4億円とも言われた借財を、自ら地方営業などを地道にこなすことで完済する。姉からの堪え難い仕打ちに会い、それによりかけがえのない人を失うという絶望の淵から、ひとりで這い上がったのである。つくづく強い人だと、私は心から敬服している。

『新妻に捧げる歌』から10年後に『酒場にて』が世に出される。

「好きでお酒を 飲んじゃいないわ 家にひとり帰る時が こわい私よ」

10年の間に、この人はどれだけ重く苦しい時間を味わったことだろう。それを思うとき、私にとって『新妻に捧げる歌』は曲調とは裏腹に、まるで不幸の序章のように、あまりにも哀しく聞こえるのである。

-…つづく

 

 

第302回:流行り歌に寄せて No.107 「ごめんねチコちゃん」? 昭和39年(1964年)

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”〜
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について 〜
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ〜
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61
「南国土佐を後にして」〜昭和34年(1959年)

第252回:流行り歌に寄せて No.62
「東京ナイト・クラブ」〜昭和34年(1959年)

第253回:流行り歌に寄せて No.63
「黒い花びら」〜昭和34年(1959年)

第254回:流行り歌に寄せて No.64
「ギターを持った渡り鳥」〜昭和34年(1959年)

第255回:流行り歌に寄せて No.65
「アカシアの雨がやむとき」〜昭和35年(1960年)

第256回:流行り歌に寄せて No.66
「潮来花嫁さん」〜昭和35年(1960年)

第257回:流行り歌に寄せて No.67
「雨に咲く花」〜昭和35年(1960年)

第258回:流行り歌に寄せて No.68
「霧笛が俺を呼んでいる」〜昭和35年(1960年)

第259回:流行り歌に寄せて No.69
「潮来笠」〜昭和35年(1960年)

第260回:流行り歌に寄せて No.70
「再会」〜昭和35年(1960年)

第261回:流行り歌に寄せて No.71
「達者でナ」〜昭和35年(1960年)

第262回:流行り歌に寄せて No.72
「有難や節」〜昭和35年(1960年)

第263回:流行り歌に寄せて No.73
「硝子のジョニー」〜昭和36年(1961年)

第264回:流行り歌に寄せて No.74
「東京ドドンパ娘」〜昭和36年(1961年)

第265回:流行り歌に寄せて No.75
「おひまなら来てね」〜昭和36年(1961年)

第266回:流行り歌に寄せて No.76
「銀座の恋の物語」〜昭和36年(1961年)

第267回:流行り歌に寄せて No.77
「北上夜曲」〜昭和36年(1961年)

第268回:流行り歌に寄せて No.78
「山のロザリア」〜昭和36年(1961年)

第269回:流行り歌に寄せて No.79
「北帰行」「惜別の歌」-その1〜昭和36年(1961年)

第270回:流行り歌に寄せて No.80
「北帰行」「「惜別の唄」-その2〜昭和36年(1961年)

第271回:流行り歌に寄せて No.81
「スーダラ節」〜昭和36年(1961年)

第272回:流行り歌に寄せて No.82
「王将」〜昭和36年(1961年)

第273回:流行り歌に寄せて No.83
「上を向いて歩こう」〜昭和36年(1961年)

第274回:流行り歌に寄せて No.84
「寒い朝」〜昭和37年(1962年)

第275回:流行り歌に寄せて No.85
「若いふたり」〜昭和37年(1962年)

第276回:流行り歌に寄せて No.86
「遠くへ行きたい」〜昭和37年(1962年)

第277回:流行り歌に寄せて No.87
「いつでも夢を」〜昭和37年(1962年)

第278回:流行り歌に寄せて No.88
「下町の太陽」〜昭和37年(1962年)

第279回:流行り歌に寄せて No.89
「赤いハンカチ」〜昭和37年(1962年)

第280回:流行り歌に寄せて No.90
「霧子のタンゴ」〜昭和37年(1962年)

第281回:流行り歌に寄せて No.91
「エリカの花散るとき」〜昭和38年(1963年)

第282回:流行り歌に寄せて No.92
「恋のバカンス」〜昭和38年(1963年)

第283回:流行り歌に寄せて No.93
「見上げてごらん夜の星を」〜昭和38年(1963年)

第284回「流行り歌に寄せて No.94
「巨人軍の歌?闘魂こめて」?昭和38年(1963年)

第285回:流行り歌に寄せて No.95
「長崎の女〈ひと〉」〜昭和38年(1963年)

第286回:流行り歌に寄せて No.96
「島のブルース」〜昭和38年(1963年)

第287回:流行り歌に寄せて No.97
「東京五輪音頭」 〜昭和38年(1963年)

第288回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015開幕!!
第289回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
〜予選プール前半戦を終えて

第290回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
〜予選プール戦終了〜決勝トーナメントへ

第291回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
〜決勝へ

第292回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
〜そして閉幕

第293回:流行り歌に寄せて No.98
「高校三年生」〜昭和38年(1963年)

第294回:流行り歌に寄せて No.99
「こんにちは赤ちゃん」〜昭和38年(1963年)

第295回:流行り歌に寄せて No.100
「浪曲子守唄」〜昭和38年(1963年)

第296回:流行り歌に寄せて No.101
「東京ブルース」〜昭和39年(1964年)

第297回:流行り歌に寄せて No.102
「君だけを」〜昭和39年(1964年)

第298回:流行り歌に寄せて No.103
「あゝ上野駅」〜昭和39年(1964年)

第299回:流行り歌に寄せて No.104
「明日があるさ」〜昭和39年(1964年)

第300回:流行り歌に寄せて No.105
「恋の山手線」〜昭和39年(1964年)


■更新予定日:隔週木曜日


  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部女傑列伝4
 【亜米利加よもやま通信 】 【現代語訳『枕草子』 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

     

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2017 Norari