のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前〜バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第329回:流行り歌に寄せて No.134 「逢いたくて逢いたくて」〜昭和41年(1966年)

更新日2017/06/15


現在放映中のNHK連続テレビ小説『ひよっこ』の時代設定が、ちょうど私が今書いている昭和40年から41年の時期に重なっていて、少しうれしい気がしている。岡田惠和氏のきめ細かく書き込まれたシナリオにはいつも敬服しており、その万分の一ほどの才あればと思いさせられる日々ではあるけれども。あの頃の「みね子」たちの耳にはこんな音楽が聴こえていたのかと思い描きながら、書き進めていくのは楽しいことである。

私がカラオケに行ったとき、時々この「逢いたくて逢いたくて」を歌う。女性の歌ではあるが、男声の低音でもけっして違和感のある曲ではないと思う。もちろん大好きで歌いたいということもあるが、カラオケの画像に出てくる園まりがあまりに可愛いので、まさに彼女に「逢いたくて」リクエストしているという方が正しいかもわからない。そして、それは少なからぬ羞恥の念を抱きながらの行為である。

この曲が発売になった昭和41年1月、私はちょうど10歳になった。東京から転校してきたチャーミングな女の子に、クラスのほとんどの男子が夢中になり、田舎の小さな小学校にとっては、まさにセンセーショナルな事件でさえあった。もちろん私も例に漏れず、彼女に想いを寄せていた。

異性に対する憧れが、自分ではコントロールできないほど膨らんでいたあの時期、園まりがこの歌を歌い出した。当時は無論そんなことだとは考えなかったが、あの声が、あの歌い方がとても私の性の世界を目覚めさせてくれたのだと、今では確信している。

あまりにも刺激が強く、いつまでも胸にドキドキ感が残る。そして、何かとてもやるせない想いがする。そんな触れたくても触れられない、大人のお姉さんが私の中に到来してしまった。小学校の女の子たちが、東京からの転校生も含め、ある時期まったく色褪せてしまったのである。

「逢いたくて逢いたくて」 岩谷時子:作詞  宮川泰:作曲  園まり:歌

1.
愛した人は あなただけ

わかっているのに

心の糸が結べない 二人は恋人

すきなのよ すきなのよ

くちづけをしてほしかったの だけど

せつなくて 涙がでてきちゃう

2.
愛の言葉も 知らないで

さよならした人

たった一人のなつかしい 私の恋人

耳もとで 耳もとで

大好きと 云いたかったの だけど

はずかしくて 笑っていたあたし

3.
愛されたいと くちびるに

指を噛みながら

眠った夜の夢にいる こころの恋人

逢いたくて 逢いたくて

とおい空に 呼んでみるの だけど

淋しくて 死にたくなっちゃうわ


イントロの伸びのあるトランペットを聴いただけで、あの時代の歌謡曲の世界に心地よく誘(いざな)われていく。歌詞もリズムもメロディーも、本当に完成度の高い作品だと、何度聴いても思うのである。

実はこの曲から4年前の昭和37年に、ザ・ピーナッツの『手編みの靴下』というタイトルで、岩谷時子作詞、宮川泰作曲のコンビが詞の内容が異なる曲を作っていた。『逢いたくて逢いたくて』はその歌詞と編曲を変えた、いわばリメイク版ではあるが、ずいぶん雰囲気の違う曲である。1フレーズだけご紹介してみる。

小さな夢を 編み込んだ

手編みの靴下

心の糸をまきながら 一人で編んだの

いつまでも いつまでも

あの人に はいてほしいの だけど

通うかしら 私のこのまごころ


「心の糸」という言葉を残し、後の曲で上手に使われているなあという印象である。ただ前の曲の方は可憐な少女の心を表現しており、後の曲の方がもう少し大人の女性の心理を歌ったのではないかと思えるのだ。

さらに資料を見ていると、この『手編みの靴下』のベースになったのが、東辰三作詞・作曲で、平野愛子の『港が見える丘』だといくつかの場所で書かれている。私は『港が見える丘』も『逢いたくて逢いたくて』もどちらも本当に大好きな曲であるため、そのエピソードはうれしい気がするが、残念なことに今の段階では「ベースになった」という意味がわからないでいる。

曲に関する理解力が足りないのだろうと思うが、二つの曲の共通性というものが私には見えてこない。この件については、今後よく考えてみようと思っている。ある時、それが知恵の輪のようにすっと解けるのかもしれない。その時に、また新しい歌謡曲の世界観が見えてきたりしたら、それはかなり至福の瞬間だろう。

-…つづく

 

 

バックナンバー

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”〜
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について 〜
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ〜
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61
第300回:流行り歌に寄せて No.105
までのバックナンバー



第301回:流行り歌に寄せて No.106
「新妻に捧げる歌」〜昭和39年(1964年)

第304回:流行り歌に寄せて No.109
「お座敷小唄」〜昭和39年(1964年)

第305回:流行り歌に寄せて No.110
「愛と死をみつめて」〜昭和39年(1964年)

第306回:流行り歌に寄せて No.111
「夜明けのうた」〜昭和39年(1964年)

第307回:流行り歌に寄せて No.112
番外篇「東京オリンピック開会式」〜昭和39年(1964年)

第308回:流行り歌に寄せて No.113
「花と竜」〜昭和39年(1964年)

第309回:流行り歌に寄せて No.114
「涙を抱いた渡り鳥」〜昭和39年(1964年)

第310回:流行り歌に寄せて No.115
「柔」〜昭和39年(1964年)

第311回:流行り歌に寄せて No.116
「まつのき小唄」〜昭和39年(1964年)

第312回:流行り歌に寄せて No.117
「女心の唄」 〜昭和39年(1964年)

第313回:流行り歌に寄せて No.118
「若い涙」 〜昭和39年(1964年)

第314回:流行り歌に寄せて No.119
「網走番外地」〜昭和40年(1965年)

第315回:流行り歌に寄せて No.120
「夏の日の想い出」〜昭和40年(1965年)

第316回:流行り歌に寄せて No.121
「さよならはダンスの後に」〜昭和40年(1965年)

第317回:流行り歌に寄せて No.122
「愛して愛して愛しちゃったのよ」〜昭和40年(1965年)

第318回:流行り歌に寄せて No.123
「新聞少年」〜昭和40年(1965年)

第319回:流行り歌に寄せて No.124
「二人の世界」〜 昭和40年(1965年)

第320回:流行り歌に寄せて No.125
「東京流れ者」〜昭和40年(1965年)

第321回:流行り歌に寄せて No.126
「下町育ち」〜昭和40年(1965年)

第322回:流行り歌に寄せて No.127
「高原のお嬢さん」〜昭和40年(1965年)

第323回:流行り歌に寄せて No.128
「赤坂の夜は更けて」「女の意地」〜昭和40年(1965年)

第324回:流行り歌に寄せて No.129
「知りたくないの」〜昭和40年(1965年)

第325回:流行り歌に寄せて No.130
「唐獅子牡丹」〜昭和40年(1965年)

第326回:流行り歌に寄せて No.131
「涙の連絡船」〜昭和40年(1965年)

第327回:流行り歌に寄せて No.132
「君といつまでも」〜昭和40年(1965年)

第328回:流行り歌に寄せて No.133
「函館の女」〜昭和40年(1965年)


■更新予定日:隔週木曜日


  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部女傑列伝4
 【亜米利加よもやま通信 】 【現代語訳『枕草子』 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

     

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2017 Norari