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第396回:流行り歌に寄せて No.196 「男はつらいよ」~昭和43年(1968年)

更新日2020/05/28



今回の休業要請を受けて、約1ヵ月半ほどほとんど家にいたので、映画のビデオを何本か観た。大ファンであるイングリッド・バーグマンの主演作品をゆっくり鑑賞できたのは、やはりうれしかったし、日頃は気が急いていて、観たくてもつい遠慮してしまう作品も具(つぶさ)に観ることができた。

それでも、休業して最初に観た作品は、松竹映画『男はつらいよ』第1作目だった。このコラムに書くことは全く意識していなかったが、「そう言えば、第1作をちゃんと観たことあったかな?」という思いで、パソコンをフル画面にして観始めたのである。

最初の作品を観たかどうかも覚えていないように、私は決して「寅さん」ファンではないが、映画『男はつらいよ』のうち数作はテレビの映画劇場などの番組で観ているはずである。

(ここからはネタバレの部分があるので、これから「寅さん」を見始めようという方は飛ばしていただきたいが)

けれども、大きな勘違いをしていた。さくらと博の「川甚」での結婚式は、映画の何作目かとばかり思っていたが、第1作目にすでに行なわれていたのだ。その勘違いの原因は、長年聴き慣れている主題歌の影響だろう。最初の「俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ」という歌詞が、始めの何作かはさくらがなかなか結婚できない模様が描かれた作品になっていたはずだ、と思い込んでいたのである。

これはよく知られた話だが、昭和44年8月に公開された松竹映画『男はつらいよ』は、昭和43年10月から昭和44年3月にかけて、26話放映されたフジテレビのドラマ『男はつらいよ』を受けた形で作られた映画作品だ。

テレビドラマの最終話では、ハブ狩りで奄美大島に出かけ一儲けを企てた寅次郎が、ハブに噛まれて死んでしまうというストーリーで終わった。それを観た視聴者から抗議の電話が数多く寄せられ、これが映画化に繋がった。

主題歌はテレビ時代に作られたものなので、寅次郎のせいでなかなか結婚できないさくら(テレビドラマでは長山藍子が演じた)の姿を、視聴者は何度となく観ており、歌詞の内容も素直に受け入れられたはずである。

元々は、フジテレビで『男はつらいよ』の一つ前の、同じ時間帯に放映されていた渥美清主演の『泣いてたまるか』の最終話のサブタイトルが『男はつらい』(昭和43年3月放映)だった。渥美演じる主人公は、トラックの運転手「源さん」だが、このパーソナリティーは、のちのテレビ、映画両方のシリーズの「寅さん」に引き継がれているという。


「男はつらいよ」  星野哲郎:作詞  山本直純:作・編曲  渥美清:歌 



(台詞)

「私 生まれも育ちも 葛飾柴又です

 帝釈天でうぶ湯を使い 姓は車 名は寅次郎

 人呼んで フーテンの寅と 発します」

 

俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ

わかっちゃいるんだ 妹よ

いつかおまえの よろこぶような

偉い兄貴に なりたくて

奮闘努力の 甲斐もなく 今日も涙の

今日も涙の 日が落ちる 日が落ちる

 

ドブに落ちても 根のある奴は

いつかは 蓮(はちす)の花と咲く

意地は張っても 心の中じゃ

泣いているんだ 兄さんは

目方で男が 売れるなら こんな苦労も

こんな苦労も かけまいに かけまいに

 

男というもの つらいもの 顔で笑って

顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く

 

(台詞)

「とかく 西に行きましても 東に行きましても

 土地土地の お兄貴(あにい)さん お姐(あねえ)さんに

 ご厄介 かけがちになる 若造です

 以後 見苦しき面体 お見知りおかれまして

 向後万端ひきたって よろしくおたの申します」

 

熱心な「寅さん」ファンに語らせれば、この主題歌は5番まであって、それぞれの作品では組み合わせて歌っている。そして同じ歌詞でも歌い方を少し変えているから、微妙に味が違うのだそうだ。

今回YouTubeで作詞の星野哲郎が、テレビドラマ『男はつらいよ』のプロデューサーの小林俊一から主題歌の歌詞の依頼を受けたときの模様を、二人で回顧している番組を見たが、実に興味深かった。

台詞の部分は星野の作ではないという。レコーディングの際、イントロが長いため、試しに渥美が口上を始めたところ、これが何ともよかった。渥美と小林が二人で決めて(星野に叱られるのではないかという思いもあったが)勝手に入れてしまった。そのことを小林が述懐したときに、「あれは助かりました」と返した星野哲郎の言葉に、彼の器量の大きさを感じた。

「奮闘努力の甲斐もなく」や「目方で男が売れるなら」などの詞は、私も本当に好きで、その部分だけを何回も口ずさんだりすることが、よくある。

作曲の山本直純氏には、生前、朝まで営業している自由が丘の飲み屋さんで何回かお会いし、お話をしたことがある。(お話ししたことのある人に敬称をつけないのは、どうも心苦しく、例外をご容赦ください)もう17、8年ほど前の話だが。

いつもランニングシャツ姿で、大きな犬を連れて飲みに来ていた。(この犬同伴にはいささか閉口したが…)時々席が横になると自然と会話が始まるのだが、どんな分野の話でも、言葉が後から後から出てきて、相当な知見をお持ちの方だと思った。かなりのラグビーファンであり、ここまでのことまで知っているのかと、大いに驚いたのを覚えている。

今思い返すと、『男はつらいよ』や『小沢昭一的こころ』のような傑作がどう生まれたかを伺っておけばよかったという気がする。

さて、映画『男はつらいよ』第1作。主題歌の作詞、作曲の二人。出演者では渥美清(寅さん)、森川信(おいちゃん)、三崎千恵子(おばちゃん)、太宰久雄(タコ社長)、笠智衆(御前様)、光本幸子(初代マドンナ)、志村喬(博の父)、みんな、もうとっくにこの世の人ではない。

半世紀前の作品とはいえ、観終わった後、それがとても寂しく感じられた。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


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