のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第403回:流行り歌に寄せて No.203 「長崎は今日も雨だった」~昭和44年(1969年)

更新日2020/09/10


私の店の横には、一昨年の年末まで50年以上続いた居酒屋さんがあった。そこのご主人と女将さんには弊店の開店以来から大変お世話になっており、その店が閉店した後は女将さんがほぼ毎日のように、私のところへ顔を出してくださっている。

その居酒屋さんには、長く勤められていたお二人の板前さんがいらした。閉店の頃は、お二人とも古稀を迎えたくらいの年格好で、年齢差は2、3歳ほどしか離れていなかった。

若い方の方は、女将さんの実の弟で、以前はビール会社の工場勤務をされており、40歳を過ぎた頃、飲食業の世界に入ってこられた。主にやき鳥などの焼き物や、揚げ物を担当されていた。実に器用な方で、エアコンなど、店にあった設備に不具合が生じるとすぐに修理してしまう特技があった。

年配の方の方は、焼き物、揚げ物以外の刺身をはじめあらゆる料理の担当者だった。北九州の高校卒業後上京、その後ずっと板場の世界で生きてこられた方だ。

この方は滅法歌がうまく、私の行きつけのカラオケスナックでもよく顔を合わすことがある。気さくに歌い方などを教えてくれたり、私がそれなりに歌うことができた時はしっかり褒めてくださるなど、いわば私のカラオケの師匠のような人である。

声量、音程、表から裏声に移るスムーズさ、どれをとっても抜群。カラオケによく行かれる方ならご存知だろうが、「こぶし」「しゃくり」「ビブラート」などの加点マークが、面白いほどポンポンと飛び出してくる。

周囲から『自由が丘の前川清』と呼ばれ、自分でもいつでも満更でもない顔をされており、前川清の曲をリクエストすると、快く応じてくださるのである。『長崎はきょうも雨だった』をお願いしたこともあったが、驚くほどうまかった。

 

「長崎は今日も雨だった」 永田貴子:作詞 彩木雅夫:作曲 森岡賢一郎:編曲 内山田洋とクール・ファイブ:歌

あなたひとりに かけた恋

愛の言葉を 信じたの

さがし さがし求めて 

ひとり ひとりさまよえば

行けど切ない 石だたみ

ああああ 長崎は今日も雨だった

 

夜の丸山 たずねても 

冷たい風が 身に沁みる

愛(いと)し 愛しのひとは

どこに どこにいるのか

教えて欲しい 街の灯よ

ああああ 長崎は今日も雨だった

 

頬にこぼれる なみだの雨に

命も恋も 捨てたのに

こころ こころ乱れて

飲んで 飲んで酔いしれる

酒に恨みは ないものを

ああああ 長崎は今日も雨だった

 

この曲は、その後歌謡コーラスグループの王者として君臨し続けた内山田洋とクール・ファイブのメジャー・デビュー曲である。

内山田洋とクール・ファイブは、長崎市内のグランドキャバレー『銀馬車』の専属歌手として洋楽を中心に歌っていた。そこに、佐世保のナイトクラブの歌手として歌っていた前川清を加入させ、デビューさせようという動きが日本ビクター・レコードの中で起こり、このスーパー・グループが誕生したのだという。

作詞の永田貴子(たかし)は前述の『銀馬車』の音楽監督だった吉田孝穂のペンネーム。最初予定されていたデビュー曲が急に使えなくなったため、大急ぎで吉田が書くことになった。その詞を、当時北海道放送のディレクターだった彩木雅夫に曲をつけてもらい完成した。

吉田の詞には「雨」という言葉もなく、急造のために体裁も整っていなかったため、彩木がところどころ補作をしつつでき上がった。しかし、彩木自身も「『夜霧よ今夜もありがとう』にヒントを得て、適当に作った」と述懐しているように、この150万枚を超す売り上げの大ヒット曲は、実は間に合わせで作られたという事実を、今回初めて知った。

彩木雅夫は、クール・ファイブには他に『逢わずに愛して』、森進一には『花と蝶』『年上の女』、藤圭子には『さいはての女』、殿様キングスには『なみだの操』『夫婦鏡』など、それぞれ名曲を提供している。

ところで、長崎という場所は全国的に見て図抜けて雨の多いところではないという。年別の全国都道府県ランキングではだいたい10位から15位くらいにいるから、かなり多い方と言えるが「今日も・・・」というのは少し大げさな気はする。

しかしこの曲を始め、瀬川瑛子の『長崎の夜はむらさき』では「雨にしめった讃美歌のうたが流れる浦上川よ」と歌われ、渚ゆう子の『長崎慕情』にも「雨にまどろむ濡れたオランダ坂」と歌われている。

やはり、雨が似合う土地なのだろう。そこに行かなくてはわからないことかも知れない。以前も書いたが、まだ一度も足を踏み入れたことはない。今回の事態が収まったら、ぜひ一度は行ってみたい場所である。



-…つづく

 

 

バックナンバー


このコラムの感想を書く


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)~
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13~
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61~
第300回:流行り歌に寄せて No.105
までのバックナンバー


第301回:流行り歌に寄せて No.106~
第350回:流行り歌に寄せて No.155
までのバックナンバー

第351回:流行り歌に寄せて No.156~
第400回:流行り歌に寄せて No.200
までのバックナンバー


第401回:流行り歌に寄せて No.201
「白いブランコ」~昭和44年(1969年)

第402回:流行り歌に寄せて No.202
「時には母のない子のように」~昭和44年(1969年)



■更新予定日:隔週木曜日