第350回:流行り歌に寄せて No.155 「銀色の道」~昭和42年(1967年)
昭和42年1月7日、私たち4人家族は名古屋の地ではじめての朝を迎えた。前日の移動で、かなり疲弊していた全員の目を覚ましたのは、新聞の勧誘のおじさんの押す玄関のブザーの音だった。
「中日新聞、とったってちょうでゃあ。あんたら県外から来たんでしょう。名古屋の人はみんな中日読んどるで、他の読んどったら話題についてけんでいかんがね。まずは3ヵ月でええでねえ」
こんな様子だったと思う。私たちはいきなりのネイティブ名古屋弁のシャワーにたじろいだ。みんなあんな言葉を話しているのだろうか。今で言えばアウェイ感と言おうか、なんとも言えぬ馴染めなさを感じた。購読に関しては、父が丁重にお断りしていた。
遅い日の出だったが、その太陽が今まで見たことのないほど大きかったのをよく覚えている。
前日の移動がかなりの強行軍だった。小学5年生の私にはもちろんだが、1年生の妹にとってはなおさらで、その後かなり体調を崩してしまったほどだ。その時の父が何を考えたのか、今でも理解できないが、中央西線を利用すれば割合にスムースに来たところを、彼は飯田線での移動を選んだ。
岡谷から豊橋まで、わずか200kmの距離の路線に96駅、すべて各駅停車をし、7時間かかる。豊橋からは東海道線で熱田まで行き、その後は名古屋市電を乗り継ぎ、ようやく私たちの住居である港区にある中部電力のアパートに辿り着いた。10時間近い行程だった。
飯田線は、おそらく一生乗っていても終着駅に着かないだろうと思われるほどの長さだった。無限に続くトンネルを抜けると、すぐ駅で停車、また停車の連続。しかも私はその間、引越しの前日、お隣のおじさんから餞別としていただいた、シャーロック・ホームズの『まだらの紐』を読み続けていた。
きっと推理小説好きのおじさんだったのだろう、その魅力を私にも知ってもらいたいと思ってくださった気持ちは理解できる。しかし、その後多くのホームズ・シリーズを読んでみたが、その中でもおどろおどろしさでは一、二を争う作品だ。私はいつ到着するとも分からない暗い車中の中で、不気味なミステリーを読み続けて恐怖心でいっぱいになっていた。そして、これから始まる名古屋での生活についても、何かとても暗澹たる思いになり、怯えていたのである。
「銀色の道」 塚田茂:作詞 宮川泰:作曲 ザ・ピーナッツ、ダークダックス:歌
ピーナッツ版 宮川泰:編曲 ダーク版 熊坂明:編曲
1 .
遠い遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとりひとり 今日もひとり
銀色の はるかな道
2.
ひとりひとり はるかな道は
つらいだろいうが 頑張ろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く続く 明日も続く
銀色の はるかな道
3.
続く続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
二人の星よ 照らしておくれ
近い近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道
この曲は、私が名古屋に来てはじめて耳にした流行歌であった。昭和42年の曲と多くの文献に書いてあったからそう思っていたが、正確には昭和41年の10月、ピーナッツ版が一足早く、同月にダーク版も発表されたそうである。今回は「名古屋に来てはじめて」という私の記憶に勝手ながら従って、昭和42年の曲とさせていただくのをご容赦いただきたい。
引越しの日の予感が見事に的中するかのように、私の名古屋での小学校生活は、暗く寂しいものだった。今まで味わったことのないザラッと乾いた世界観を、周囲の子どもたちがすでに皆持っているような気がした。暴力がルールを作っている、そんな風に感じた。前の学校から転校する時、心に誓った「もう人と仲良くするのは止めよう」という思いを、より強く自分に課することにした。
そんな時、『銀色の道』が聴こえてきた。ダーク版の方だった。「遠い遠い はるかな道は」「ひとりひとり 今日もひとり」、歌詞が心に沁みる。以前のコラムでご紹介した『涙くんさよなら』もそうであったが、この頃から私は、歌というものが本当に心に沁み入ってくるものであることを実感し始めていた。励みになるというよりは、歌が寄り添ってくれているのだなと思った。なんとか、なる。
作詞をした塚田茂、以前にテレビにもよく顔を出していたため、その姿は覚えている。『ロッテ 歌のアルバム』『シャボン玉ホリデー』『夜のヒットスタジオ』『8時だョ! 全員集合』など、超人気番組の構成演出を手がけたことで、あまりにも有名な人である。
作詞家としては、ハナ肇とクレージーキャッツの曲を中心に手掛けている。西田佐知子ファンの大人気曲『涙のかわくまで』は『銀色の道』と同様、宮川泰とのコンビで作られた曲だ。その宮川泰については以前も何回か登場し、これからもご紹介し続けることだろう。
熊坂明のダーク版は途中手拍子が入っていたりするが、宮川のピーナッツ版ともに、生ギターの伴奏による、この頃流行し出したフォークソングを意識した編曲になっている。その後多くのカバーもあるが、この曲はやはりコーラスが一番似合うと思う。
そのコーラスグループ、ザ・ピーナッツは、伊藤エミが平成24年、ユミが平成28年に亡くなり、お二人ともすでにこの世にはいない。ダークダックスの方は、パクさんが平成23年、ゲタさんとマンガさんが平成28年に亡くなり、現在ご存命なのはゾウさんこと、遠山一さんお一人である。みなさんが大活躍されていた昭和は、遠くなってしまった。そして、平成もまた、後一年足らずになってしまったのである。
-…つづく
第351回:流行り歌に寄せて No.156 「僕らの町は川っぷち」~昭和42年(1967年)
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