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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第505回:自分の仕事を知らない、できない人たち

更新日2017/03/23



映画のアカデミー賞授賞式は日本でも放映されたので、ご覧になった方も多いことと思います。と偉そうに書き出してしまいましたが、私たちの山の家ではテレビの電波が届かず、受信できませんので、翌日、新聞やインターネットのニューズで観たのですが、83年に及ぶ授賞式始まって以来、前代未聞の椿事が持ち上がりました。

一番大きな賞、作品賞の受賞作品を間違って読み上げてしまったのです。プレゼンターのウォレン・ビューティーとフェイ・ダナウェイ(昔の名作『ボニー&クライド』で競演)が、作品賞は『ラ・ラ・ランド』とやり、オスカーの銅像を手渡してしまってから、舞台裏から係の人がヒョコヒョコ出てきて、その封筒は間違って手渡した、こちらが本当のモノだとやったのです。本当の作品賞は『ムーンライト』だったのです。

『ラ・ラ・ランド』のプロデューサー、一旦手にしたオスカー銅像を実に潔く、しかもエレガントに『ムーンライト』のプロデューサーに手渡し、一件落着しました。

賞がどこに行くのか、誰になるのか事前に知ることができるのはたった二人しかおらず、アカデミー賞協会から委託されている"プライス・ウォーター・クーパックス"という大きな会計事務所のブライアン・カリンとマーサ・ルイスだけで、彼らが作品賞の封筒に誤って主演女優賞のカードを入れてしまったのです。 

7,000人近くいるアカデミー賞協会員の投票を集計するのも、この会計事務所"プライス・ウォーター・クーパックス"が請け負っています。24部門もある賞の投票結果をまとめるのは大変な仕事になるのでしょうが、よくぞ肝心の作品賞で間違ったものです。

アカデミー賞協会の会長さん、シリル・ブーン・アイザックスのいきどおること、大金を払って集計を委託しているのに、何と言うことだ、あの会社はもう使わん、この二人がハリウッド、ロサンジェルス界隈で仕事ができないようにしてやる…と息巻いています。

こんな間違いは、簡単にチェックできることです。"プライス・ウォーター・クーパックス"の係がもう一度確認し、互いの仕事をチェックし合えば防ぐことができたはずです。

先週、私の大学に新しく採用する講師の人事選考がありました。5人の教授(私も古株ですので、その選考委員でした)が60人の応募者(60人もいたのです…)を、まず書類選考でフルイにかけ、10人ほど選び、電話でインタヴューします。その結果、誰を大学まで呼んで直接面接し、試験的な授業をやってもらうかを決めます(旅費、航空券、こちらのホテル3泊、食事の代金を大学が出します)。今回来てもらった3人、誰を採用しても、私たちより優秀そうな人たちでした。

2番目の候補者をホテルに送っていく役をおおせつかり、私のホンダの大中古車の中で候補者と雑談していて、なんだかハナシが食い違っていることに気がつきました。彼らは講師ではなく教授職の採用に応募していたのです。

ホテルから、すっ飛ぶように大学に戻り、募集要項を確認したところ、全米の大学関係の新聞にはちゃんと"講師"となっているのですが、インターネットに公示している募集欄には"教授職"となっていたのです。顔から火が出るほど恥ずかしい思いと、いったい彼らに何と説明、言い訳をすればいいのか…こんな酷い話、間違いは想像もできません。

これはウチの大学の秘書さんが、内容を確認もせずにウェブサイトに掲載したのは明らかです。道理で60人もの応募があり、しかも大半が博士号を持ち、論文や本をたくさん出している偉い先生が多かったはずです。東京大学の先生もいたくらいです。

硬い職業の筆頭であるはずの銀行でも、3、4年前、私たちが今住んでいるバッラック、プレハブの小屋からグレードアップした山小屋を買おうと、残高証明書を取った時、同じ口座の残高を二度数えて、バカに大金の証明書を出してくれたことがあります。ウチのダンナさん、「スワッ! チャンスだ。その証明した金額を引き出せ…」とか冗談を言っていましたが、こちらが銀行の間違いを指摘しても、銀行はアッソウ…てな感じで、申し訳ない、すみませんでもなかったことに呆れました。 

アカデミー賞、教授募集、銀行など、いずれにせよ人命にかかわるような大問題ではない、と言ってしまえばそれまでですが、自分の仕事をキチンとしない、できない人が多すぎる時代になってきたようです。そして、彼らは自分の犯した間違いに対して責任を取ろうともしません。

募集要項を間違ってインターネットに載せたことで、私たち選考委員の時間だけでなく、60人の応募者、とりわけ遠くからここまで飛んできて3日間という時間を無駄にさせられた人たち、大学がすでに払った費用など、責任問題になり、応募者から裁判に訴えられてもしょうがないような間違いをやらかした秘書さん…今も平然と働いています。

銀行のほう、歳とともに仙人どころか短気になっていくダンナさん、その銀行から全額(といってもたいした金額ではないのですが…)引き抜き、他の銀行に移しました。そのおかげで、クレジットカード、電気、電話の自動支払いの変更手続きをやらされるのは私なのですが…。

教訓 その1:はじめから、彼らが自分の仕事を良く知っており、責任を持って仕事をこなしていると期待しないこと。

その2:間違いは、穏かに、しかし明確に指摘し、誰がどうして間違ったかをはっきりさせてもらうこと。

その3:自分の仕事を知らない人が多い中で生きていくのですから、ミダリに腹を立てたりしないこと。
(ウチのダンナさんみたいに、銀行、携帯、インターネットサービス、クレジットカード会社に腹を立て、何度も取り替えましたが、でも、どこも五十歩百歩なのです)。

 

 

第506回:挨拶の文化~キス、ハグ、おじぎ、握手

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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