■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:男日照り、女日照り
第2回:アメリカデブ事情
第3回:日系人の新年会
第4回:若い女性と成熟した女性
第5回:人気の日本アニメ
第6回:ビル・ゲイツと私の健康保険
第7回:再びアメリカデブ談議
第8回:あまりにアメリカ的な!
第9回:リメイクとコピー


■更新予定日:毎週木曜日

第10回:現代学生気質(カタギ)

更新日2007/05/10


私の勤めている大学は田舎町にある州立大学で学生数6,000人の小さなところです。とりわけ有名な学部があるわけでなく、大多数の学生は周囲200~300マイルの住人です。ほかの州や外国から来る生徒さんも10パーセントくらいはいますが、教室の椅子に窮屈そうに納まっているより馬に乗せた方が似合いそうな若者がかなりの数いるようなことろです。唯一の取り得と言ってよいと思いますが、授業料が全米でも何番目かを争うほど安いことです(その分だけ先生の給料も安いのですが)。また、田舎町のことなので生活費も安上がりなことでしょうか。

ここに来て、まず驚いたことは、授業開始の時間に遅れて生徒さんが入ってくることです。しかも、遠慮せずに、すでに始まっている授業を受けている生徒さんや私へ迷惑をかけているという意識のカケラもなく、堂々と教壇の前を横切り席に着くのです。なんだか私の方が、「時間通りに授業を始めてしまってすみません」と、あやまらなければならない雰囲気なのです。

私が出席や遅刻にうるさい、と生徒さんに知れ渡るようになり、かなり改善されましたが、まだまだ、遅刻組みはなくなりません。携帯電話は教室に入ると同時に切ること(当たり前のことなんですが…)、学期の初めに諭すように宣言しなければなりませんでした。

もう一つショックだったことは、試験の結果、年度の成績の結果に不満を持った生徒さんが"交渉"に来ることです。"どうして私が、僕がこんな成績なのだ、もっともっと良いはずだ。""先生、この単位を落とすと進級、卒業できないから、何とか及第にしてください"と蚤の市でモノを買うときのようにバーゲンをしてくるのです。いちいち、あなたはこれこれの理由でこれだけの成績であると試験の結果、出席、レポートの採点を示して説明してあげていますが、これは疲れます。

私の採点が絶対的なものでないのは当然のことですが、私なりに一つの基準を設け、そのガイドラインに従って成績を付けていますし、そのガイドラインも生徒さんに教えてあるので、交渉の余地などあるはずがありません。来年もう一度しっかり勉強して私の授業を取りなさいと言うだけです。そうです、私は勉強しない生徒には厳しい先生なのです。

私も歳とともに、集中力が持続できなくなり、記憶力も衰える一方ですが、生徒さんたちの大半は集中力を全く持ち合わせず、持続力、忍耐力が決定的に欠けています。できるだけ楽しく学び、子供は皆天才、自由に子供の才能を伸ばすのが教育だというアメリカの教育方針が基本的に間違っているので、このような子供たちが育ち、そのまま大学まで持ち込んでいるのでしょう。

もちろん楽しく学べるのならそれに越したことはありませんが、勉強、一つのこと学ぶのは、辛く、忍耐のいることで、それを乗り越えて始めて学問のなかに輝くような喜びを見つけることができるということが、全く分かっておらず、退屈なことはすぐに投げ出してしまうのです。なんだか年寄りじみたお説教になってしまい、すみません。

どうしてアメリカの学校が崩壊の一歩手前まで来てしまったのでしょうか、原因の一つは、州立大学でもショーバイのように生徒は授業料を払ってくれるお客さん、だから大切にしましょう、生徒不足の折、どんな学生でも大学に入れましょう、という学校側の態度、それに生徒に先生の勤務評定のようなアンケート調査をさせ、先生の人気を計るようなことをしていることも影響があるでしょう。人気のある先生は、楽しい授業をし、生徒全員に良い点数をあげる先生になってしまいます。厳しい先生は生徒の評価(人気投票?)も悪くなりがちです。


私は2度日本に長期間住んだことがあります。初めは大学を終えたばかりの時で、日本のこと、日本語を学ぶのに夢中でした。2度目は最近ですが、日本の大学で言語学を教えるために一年ほど生活しました。そして日本の学生さん、教授たちの一つのことを学ぶ態度、真剣に打ち込んで勉強するやり方に深い感銘を受け、私の学問に対する姿勢に大きな影響を与えました。

私は日本で勉強の仕方、態度を学んだと思います。日本にもピンからキリまでの大学があり、一旦入学してしまうと、勉強を全くしない学生さんが多いことは知っていますが、私の働いていた大学の生徒さんは一様に優秀でした。

問題があるにしろ、誰でも大学に行けることは素晴らしいことです。私の大学でもノントラディショナル(高校からスンナリと大学に来ず、中年以降になってから入学してきた)生徒さんが15~20%くらいいます。彼ら彼女らは家庭や仕事を持ちながら大学の授業を取っています。必ずしも頭脳明晰な人ばかりではありませんが、実によく勉強します。落第する生徒さんはほとんどいません。成績もトップクラスとまでいかなくとも上の下くらいに位置します。また、大学の方針で、60歳以上の人は、大学のどんな授業でも聴講生としてタダで受講できるので、ベビーブーマーが一斉に退職し、ゴソッと大学に来るのではないかと期待しています。

私の授業を取っている、最年長は89歳のお爺さんです。このお爺ちゃんが20歳前後の孫より若い生徒さんと机を並べて真剣に議論に参加しているのを見ると、アメリカの教育も捨てたものではないかな、と思えてきました。

 

 

第11回:刺青


 
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