のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第210回:「想定外」と「想定内」

更新日2011/05/19


今回の東日本大震災の津波の映像を見て、これほどすさまじい海の水の力を果たして人間が防ぎきれるものなのだろうか……と思った人は多いことでしょう。

私も海の壁が押し寄せ、すべての物を飲み込んでいく様子を見て唖然としてしまいました。インドネシアの津波の映像を何倍も上回るインパクトでした。

日本の40%にも当たる海岸線は、7メートルの津波、高潮を想定して防波堤で保護しているといいますが、今回の津波はそれをはるかに上回る巨大なものでした。

ですが、過去に例のないことではなく、ニワカ知識で調べたところ、明治時代に同じ三陸で今回以上の津波が記録されています。ですから、今回の津波は"想定外"の大きさではなく、想像力を駆使しなくても、チョット過去の記録を見れば知ることができる簡単な"想定内"の出来事だったといってよいと思います。

元ライブドアの社長さん、堀江貴文さん、通称ホリエモンは素晴らしく頭脳明晰な人だったようですが、窮地に陥っても"想定の範囲内"を繰り返しているうちに、自身"想定外"の牢屋に入ってしまいました。"想定内"という言葉を広め、親しめるようにしてくれましたが…。

想定内、想定外というのは、それを言う人の想像力の限度をよく示しています。今回の津波の惨事を誰も想像しなかったというのは、全くの言い逃れです。百歩譲って、世界最大級の津波の被害を防ぐ方法がなかったとしても、原子力発電所の放射能漏れ、事故は簡単に防ぐことができたのです。

天災と人災を一緒にしてはいけません。福島に原子力発電所を造らなければ簡単に防ぐことができたのですから、原子力発電所の事故は100%人災だと思います。

しかも、想定内の事故がロシアのチェルノブイリ、アメリカのスリーマイル・アイランドと、地震津波がなくても起こっているのですから、教訓を生かすチャンスはあったのです。日本に54箇所もある原発を順次廃止していく方針を採ることができたと思います。

日本の耐震設備と技術能力の高さをもってすれば、チェルノブイリやスリーマイル・アイランドのような事故は起こり得ないというオゴリがどこかにあったのでしょう。

アメリカ、ペンシルバニア州にある小さな町スリーマイル・アイランドは、サスケハナ川の中州にあります。州都のハリスバーグの南東たった20マイルの距離です。

1979年3月29日、事故が起こったとき、どこの政府でも当局でも同じなんでしょうね、当局は事故の深刻さを隠そうとしました。ところが2日目に、半径5マイル(8キロ)に住む人々に避難命令を出さずにいられなくなり、14万人が我が家を捨て退避し、事件が公になりました。

事故の原因は第二次冷却水ポンプの故障で、それに対応するための装置もあったのですが、緊急に炉芯を冷却する装置を、緊急時の訓練が行き届いていなかったのでしょうね、係員のミスで停止しまい、放射能の詰まった棒状の炉芯を溶かしてしまったのです。 

でも、それからの対応は早く、時のカーター大統領がロザリン夫人とすぐに現地に飛び、合衆国政府が国を挙げて対処することになりましたが、それでも周囲の放射能汚染を清掃し、安全基準に持っていくまでに12年の歳月と9.7億ドルの費用が掛かり、しかも事故の起きた第2号炉は閉鎖されたままです(第1号炉は事故の6年後、1985年に再開されましたが…)。

東電の社長さんが、現地ではなく、県庁所在地の福島市に行くのに1ヶ月以上かかっているのは、どういうことでしょう。

スリーマイル・アイランドの事故は、国際原子力委員会の危険度評価値ではレベル5で、今回の福島はチェルノブイリと同じレベル7です。ですが、人口の密集している日本では、人間に与える影響は余程違ってきます。

日本の当局の"直ちに健康に影響がない"ということは、"将来、影響が出る"ということに繋がると思うのです。日本人の美徳、我慢強さが裏目に出ることもあるのです。

種を絶滅する危険性がある原発が50キロ以内ある人は、どうして声を大きくして反対しないのでしょう。原発建設と引き換えに、バラマカレタお金など、放射能が一旦身体に入ってしまってはなんの価値もありません。

東電や原発を認可した人たちの"想定"に、放射能の空気汚染、海の汚染からくる魚の汚染、農産物、そして住民だけでなく日本全土をチェルノブイリに陥れる可能性が入っていなかったとすれば、なんという想像力の貧困、オロカなことでしょう。

今こそ、日本から原子力発電所を一掃するチャンスなのです。

 

 

第211回:山に春がきた

このコラムの感想を書く

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで

第201回:天災の国
第202回:多文化主義の敗北…?
第203回:現代の三種の神器
第204回:日本女性の地位と男女同権
第205回:本当に"原子力発電所"は必要なのか?
第206回:踊る自由の女神と税金申告
第207回:七面鳥たちの悲劇
第208回:ローヤルウエディングとアメリカのローヤルファミリー
第209回:世界に影響を与えた100人

■更新予定日:毎週木曜日