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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第661回:地球は平らである……

更新日2020/06/11


エルシーはコロンビア人の旧友です。同じ大学で博士号を取り、セントルイスのエリート私立大学の教授になりました。学生時代、エルシーと一緒に散歩したり、サンドウィッチなどを持って公園のベンチでお昼を一緒に食べたものです。

ある日、彼女がスケッチブックを携えてきました。勉強に疲れた頭を癒し、論文以外のことに気持ちを逸らすのに絵を描くのが良い…と誰かに吹き込まれ、絵画教室に通い出し、風景画のスケッチを始めたのです。

人生にとまで大きく出なくても、時々なんとコメントしたものか困る事態に遭遇することがあるものです。相手が小さな子供なら、絵の中に一つの良いところを見つけ、そこだけを褒めることもできますが、相手が私より数歳年上のエルシーでは、それもできません。

私に他の人の絵を批評する能力などないことは承知の上でも、あれほどヘタクソな絵は見たことがありませんでした。何かが変なのです。エルシーの風景画はすべて水平線が緩やかにカーブした円状なのです。小学生向けの科学の本で、地上に立てられた送信タワーからの電波が何十キロ、何百キロ離れた受信アンテナに届かない理由として、直進する電波は丸い地球のカーブに邪魔されるとか、はるか遠くの海上にある船が煙突から見えてくる…という説明の絵のように、エルシーの絵はすべて水平線が丸の一部のように盛り上がってカーブしているのです。

私は大いにためらいながら、「エルシー、人間の目では地平線は一直線に見えるんじゃない?」とコメントしたところ、「私の絵の先生は実際に見えるものを写すのは一つだけど、その奥にある真実を観ろ…と言うのよ…」と、クソが付くほどマジメで四角四面のいかにもエルシーらしい答えが返ってきました。

エルシーは地球が丸いという真実を置き去ることができずに、地平線がカーブした絵を描いたのでしょう。もしかして、エルシーの目には地平線が本当にカーブして見えているのかもしれませんが…。

私たちは、自分の目で実際に見たり、自分で体験したりせずに、モノゴトを信じることができます。誰か他の人が撮った映像をテレビで観たとか、どこだかの大学の偉い先生が言っていることだから、間違っているはずがないと、信じてしまいます。誰も見たことがないし、話を直接聴いたわけでもないのに、神様を信じるのと同じ心理が働くのでしょうか? 地球が丸いのを実際に見た人は、極少数の宇宙飛行士しかいないはずですが、私たちは頭から地球が丸いタマであることを信じて疑いません。

もし、地球が丸く、しかも地動説を信じるなら、太陽の周りをグルグル猛烈なスピードで回っていることになり、そのスピードは時速百万キロ以上になり、そんな烈風に耐えうる木も建物もありやしません。

現在、地球が丸いことを疑う人はいませんが、未だに“地球は平らだ”という協会が存続しています。どこまで真剣なのか分かりませんが、おそらく地球規模の冗談を楽しんでいるだけなのかもしれませんね…。 

1893年にオーランド・ファーガソン(Orland Ferguson)が描いた有名な“平らな地球の絵”には北極を中心に据え、北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、南アメリカ、オーストラリアまでは載っていますが、アジアはスッポリと抜け落ちています。そして、太平洋、大西洋の端は滝のようになって流れ落ちているのです。マジェラン(Ferdinand Magellan)が世界一周してから500年も経っているんですよ。

ギリシャが中心だった地中海世界の時代、ジブラルタル海峡にはヘラクレスの柱があり、その西は滝になって落ち込んでいるという伝説がありました。地中海は狭いジブラルタル海峡だけが大西洋と繋がる玄関口として持っている内海ですから、そんな伝説が生まれる背景は十分に理解できます。それに“ヘラクレスの柱”だなんて、ロマン溢れる呼び方ではありませんか。もっとも、ギリシャ人は地球が丸く、キラメク天体の一つであることは重々知っていたようですが…。

地球は平らである会(The Flat Earth Society=地球平面協会)』は1956年にカリフォルニア州のランカスターで設立されました。ホームページやFacebookで観ることができます。彼らが信奉?している地図は、北極を中心にしているのは19世紀のオーランド・ファーガソンの絵と同じですが、一応宇宙からの写真のようになっています。アジア、ユーラシア大陸も、なんとなく日本らしい島も載っています。

彼らの言い分では、地球が丸いというのはアメリ航空宇宙局らの陰謀で、フェイクニューズをもっともらしく送っているだけで、人工衛星から撮った写真も合成で、信用するに足らないものだということになります。どこまで本当に信じているのか、ただ世間を面白がらせるために奇論を繰り広げているのか判然としませんが、公演の実況を見ると、相当マジメ腐って話しています。

ここに、地球は平らだと信じている、気狂いマイク・ヒューズ(Mad Mike Hughes)という男が、そんなら俺が自分の目で見てくるとばかり、ホームメイドのロケットに乗り込み、発射させたのです。彼はそれまでに何度も、地球は平らであることを証明するためにホームメイドロケットに乗り込んでいます。その都度墜落し、これまで生きてこれたのが不思議な男です。ネヴァー・ギブアップの精神でしょうか、今年2020年2月22日に今度こそとマイク叔父さんロケットに乗り込みましたが、今度ばかりは助からず、平らな地球に激突して64歳の生涯を終えました。

面白半分の詭弁を楽しんでいただけだと思うのですが、『地球は平らである会』の面々、「地球が平らであるわけがないじゃないか、マイクはマッド(狂っている)だ」と、胸の内で笑い飛ばしていたのでしょうか、『地球は平らである会』の人は、誰もマイクのロケット発射を見に行かなかったし、葬儀にも来なかったそうです。



-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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