第469回:アメリカの牛たちの世界
私たちが住んでいる高原台地にもやっと遅い春がやってきました。
春は野生の動物たちの移動時期です。鹿、エルク、七面鳥、コヨーテ、マウンテンライオン、熊たちは平原から山へと移動します。その途中に私たちの小屋がありますから、とても賑やかなことになります。
小鹿が何頭も母鹿に付きつ離れず、芽を吹いたばかりの地面から1、2センチしか伸びていない薄緑色の草を食んでいる情景は心を和ませてくれます。このうち一体何頭が秋まで山で生き延び、大きくなってまたここを通り、平原に帰ることができるのでしょうか。
春はまた牛の出産シーズンです。この草原牧場にもたくさん子牛が生まれます。毎日のように生まれるのでしょう、3月の終わり頃、4月の初めには数頭生まれたばかりで、まだ満足に歩けないような子牛がポキポキとした足取りで駆け始める様子を見ることができます。その後もドンドン増え、今では何十頭、何百頭の子牛が黒い点になって牧場に散っています。 とても可愛らしいので、通勤の途中で車を止め子牛たちを眺めることも再三あります。
私たちは35エーカーの山地を持っています。日本的感覚では広大な土地という感覚でしょうけど、この高原台地では35エーカーが分割できる最低の単位で、そこに一軒の家しか立てることができません。私たちの山地は国有林と同じ"フリーレンジ"と呼ばれ、放し飼いの牛が野生の動物と同じように自由に立ち入り、通過できる土地なのです。
ここに移ってきた初めの頃、巨大な牛が平然と私が大切に育てている畑の緑を食べてしまうのに呆れ、憤慨しました。何度追っ払っても、"どうして俺、私をそんなに嫌うの?"といった表情で重い体をドタドタと私の手の届かないところへ移動するだけで、私が家に入ると、またすぐに舞い戻ってくるのです。そして最悪なのは、牛の糞です。大きな濡れた糞は、超大型の銀バエの格好の繁殖所となり、ドアや窓をほんのわずかな間でも閉め忘れると、何匹も家の中に侵入してくるのです。
アメリカの法律の奇妙なところで、人間が私たちの土地に足を踏み入れたら、その人を撃ち殺しても罪になりませんが、侵入してきた牛を撃ち殺したら、器物破損の罪で起訴されます。 牛は法律を理解できないので、フリーレンジをどこでも自由に歩き回る権利を持っているのです。
住人は自分で牛対策をせよ、ということになり、私たちも道路沿いの何百メートルかにバラ線を張った柵を張り巡らし(これは大変な仕事でしたが、やった甲斐がありました)、やっと牛に悩まされない春、夏、秋を過ごせるようになりました。でも、銀バエとニオイは侵入してきますが…。広々とした牧場を見下ろす斜面の小屋で暮らすのもなかなか大変なこともあるのです。
キャンプに行っても、放牧された牛に悩まされることがあります。最近では少し経験も積み、知恵も付いたので、フリーレンジの山林でのキャンプを避け、多少シンドイ登りになっても、牛が来ない標高にテントを張るようになりました。
このフリーレンジはアメリカの自然を盛大に破壊しています。大量の牛が生態系を崩していると、自然主義者だけでなく生態学者の意見も一致しています。しかも、大西部時代からタダ同然で手に入れた牛の放牧権を未だに握っているのは、大牧場主、巨大な牛肉企業で、個人レベルの牧場主はまずいません。そんな権利や既得権は、何世代も前に大企業に買い上げられてしまっているからです。
ですから、フリーレンジのシステムは大企業で、ワシントンで絶大なロビィー活動をしている牛肉企業のためだけにあると言い切ってもよいでしょう。
キップ・アンダーソン(Kip Anderson)という若者が小さなハンディカムを片手に、まさに手作りの記録映画を作りました。タイトルは『COWSPIRACY:The
Sustainability Secret 』といいます。以降、彼の記録映画で知った数値です。
まず水です。アメリカで使われる水の量は人間がたったの5%で牧畜業が使う水は55%になると言うのです。ですから、私たちが生活の中でやれトイレの水だ、お風呂、シャワーだと節水してもほとんど影響がないと言うのです。
私たちの住む高原台地でも長さ300メートルくらいのスプリンクラーが幾つも、24時間散水して牧草を育てています。そういえば、グランドキャニオンを造ったコロラド川も近くの町を流れる時はまだ勇壮を誇っていますが、下流のメキシコ領では枯れ切っていて、海に流れ込む水は一滴もないありさまです。上流、中流の街の水道や畑、牧場の灌漑用水で消えてしまうのです。
彼の計算では、ハンバーガー(通常4分の1ポンド、110グラム)の肉を得るためには660ガロン(2500リットル)の水が使われています。これには牛が直接飲む水だけでなく、牧草畑や餌になるとうもろこし畑に撒いている農業用水も含まれています。それにしても肉を得るためにとんでもなく大量の水が必要とされているのです。
さらに驚くことには、大気汚染にいかに牛が関わっているかという事実です。温室現象(グリーンハウス現象)を起こす一番大きな要因となる二酸化炭素の発生率は、牛肉産業がもたらすものが、車、船舶、航空機、列車などの交通機関が作り出すものより圧倒的に多いと言うのです。
全交通機関が排出している二酸化炭素は全世界の13%ですが、牧畜産業が作り出している2酸化炭素は51%にもなるとあります。にわかに信じられませんでしたから、国連の統計でも調べたところ、確かに家畜業、肉食産業は膨大な二酸化炭素を作り出していることを確認しました。
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