■このほしのとりこ~あくまでも我流にフィリピンゆかば

片岡 恭子
(かたおか・きょうこ)


1968年、京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大学図書館司書として勤めた後、スペイン留学。人生が大きく狂ってさらに中南米へ。スペイン語通訳、番組コーディネーター、現地アテンド、講演会などもこなす、中南米を得意とする秘境者。下川裕治氏が編集長を務める『格安航空券&ホテルガイド』で「パッカー列伝」連載中。HP「どこやねん?グアテマラ!」




第1回:なぜかフィリピン
第2回:美しい日本がこんにちは
第3回:天国への階段(前編)
第4回:天国への階段(後編)
第5回:韓国人のハワイ
第6回:まだ終わってはいない
第7回:フィリピングルメ
第8回:台風銀座(前編)
第9回:台風銀座(後編)
第10回:他人が行かないところに行こう(前編)
第11回:他人が行かないところに行こう(後編)

 

■更新予定日:第1木曜日

第12回:セブ島はどこの国?

更新日2006/03/02


ルソン島での保険金殺人、レイテ島での地滑り、そして全土への非常事態宣言とこの頃なにかと物騒な話題が多いフィリピン。そのフィリピン一のリゾートはセブである。セブへのツアーパンフレットにはフィリピンという国名はほとんど出てこない。国名を極力出さないように書かれている感じさえする。残念ながら日本人のフィリピンに対する印象は悪い。日本人にとってフィリピンは治安が悪く、貧しい国なのだ。だから、そのイメージで染まることのないよう、セブはどこかの南国にある楽園リゾートに仕立てられている。これはインドネシアのバリにもあてはまる。日本人観光客にとっては、セブもバリもどこの国でもない。日本からそんなに遠いところにはない、架空の島国であるかのようだ。

セブはフィリピンでないばかりではない。日本人がセブと呼んでいるところは、実はセブ島ではなくマクタン島なのである。小さな島なのに日本からの直行便がある。マクタン・セブ国際空港は、千葉にある成田・東京国際空港みたいなもんだ。マクタンから橋を渡ったところはフィリピン第三の都市セブシティ。本物のセブ島なのだが、そこはリゾートとはほど遠い。セブ島もシティを離れて北や南、西に行けば、よいリゾートがある。しかし、それらへは空路はなく、陸路しかないため、日本からのツアーとしては成立しないのだ。

マニラからセブへは船が出ている。なるべくなら急がない方法をとりたいのだが、それでもフェリーはパスしたい。なぜならフィリピンでは船がよく沈むのだ。しかも、その理由は重量オーバー。マニラからセブまでの主要路線でも沈む。たとえ後で沈もうとも、定員なんぞおかまいなしで積めるだけ積んでしまう。違法な森林伐採によるレイテ島の地滑り同様、先のことはあまり考えないフィリピン人気質がよく表れている。

マニラからセブまで1時間のフライト。日本から直行してもわずか4時間ほど。国際線が免税品を売るのはわかるのだが、セブ・パシフィックは国内線で自社グッズを機内販売する。その売り方は高級布団の商法を髣髴させる。乗客に簡単なクイズに答えてもらい、何人かに気前よくグッズをあげた後、販売する。バスに売り子が乗ってきたときのようによく売れる。とても飛行機内とは思えない。つられてロゴ入りの帽子を買ってしまった。有名な歌手が乗っていたらしく、前に出て持ち歌を一節歌い、喝采を浴びていた。フィリピン航空、アジアン・スピリットにも乗ったが、セブ・パシフィックが一番楽しかった。

着陸間際、マクタン島の海が見えた。その瞬間、マクタンではなくセブシティに泊まることに決めた。やたらと藻の多い自浄作用の弱そうな海である。翌日、実際に泳いで確認してみたが、有料なのにたいしたことはなかった。それでもバナナボートに乗ってはしゃいでいる人々が気の毒になってしまった。断言してもよい。庶民のリゾートにろくなところはない。お金をかけてランクを上げるか、時間をかけて情報を集めれば、もっとよいところがいくらでもある。セブには長居せず、なるべく早いうちに違う島に渡ることにした。

セブシティではダウンタウンに泊まった。近くにはゴーゴーバーがあり、宿には何人か日本人が泊まっていた。もちろん全員男性である。一人と少し話をした。年金生活者の彼は英語がほとんどしゃべれない。ここ数年はタイとフィリピンを行き来し続けているらしい。タイには行ったことがないが、こんな日本人がごまんといるため、日本人への滞在許可が3ヶ月から1ヶ月に短縮されてしまったそうだ。


ガイサノデパート裏の屋台


カルボン・マーケットの片隅で

セブシティはそんなに退屈でもなかった。ガイサノデパートの裏手にはたくさん屋台が並んでいたし、サント・ニーニョ教会やサンペドロ要塞も散歩するにはちょうどよかった。一番おもしろかったのはカルボン・マーケット。昼下がりに行ったのだが、商売そっちのけでみんな寝ていた。午前中には魚を並べていただろうタイル敷きの台の上で眠りこけている人もいた。その脇には昼ごはんを食べた皿がのっていて、猫が残っていた魚の骨に食らいついている。暑くって昼寝でもしなけりゃやってられない。あまりにみんなして眠っているので、市場の中を歩いている人がいない。店を開けたままで眠っている。世界中どこでも定番の観光地そっちのけで必ず市場に行くのだが、こんなに無防備な姿をさらしている市場は初めてだ。ルソンでも見たことがない。ビサヤ諸島ならではののどかさである。

一島丸ごと私有地の超高級でないかぎり、どんなリゾートにも必ず庶民の生活がある。観光客用ホテルとみやげもの屋でいっぱいのお手軽リゾートに海の力は望めそうにない。海が期待はずれだったら市場に行ってみるといい。そこには珍しいものが必ずある。それになにもセブだけがビサヤ諸島なのではないのだ。もっとよい海を求めてセブを後にした。



 

第13回:フィリピンの陸の上