■TukTuk Race~東南アジア気まま旅


藤河 信喜
(ふじかわ・のぶよし)



現住所:シカゴ(USA)
職業:分子生物学者/Ph.D、映像作家、旅人。
で、誰あんた?:医学部で働いたり、山岳民族と暮らしたりと、大志なく、ただ赴くままに生きている人。
Blog→「ユキノヒノシマウマ」





第1回:Chungking express (前編)
第2回:Chungking express (後編)
第3回:California Dreaming(前編)
第4回:California Dreaming(後編)
第5回:Cycling(1)
第6回:Cycling(2)
第7回:Cycling(3)

 



■更新予定日:毎週木曜日

 

第8回:Cycling(4)

更新日2006/02/09

アメリカの郊外ではサイクリングや歩行者用のスペースなどなく、高速でガスを食い散らしていく自動車用の走行スペースしか用意されていないのが常なだけに、郊外に本格的に入ってからは、メインのハイウェイから少し離れて海沿いの小道を進んだ。

この辺りの地形的なものなのか、午後のこの時間に特有なものなのか、風向きが突然変わり、これまでの快適なサイクリングが嘘のように、進行方向から意外な力で向かい風が吹きはじめた。そんななか、そろそろ小道も半島の丘陵地帯へと差し掛かかり、この風が日ごろ運動不足の足腰に相当な重労働を要求しはじめた。 

漕いでも漕いでも進まないとはまさにこのこと。ギヤを低速に落とし、必死でペダルを踏み続けるのだが、ハムスターのクルクル車よろしく一向に先に進んでいる気がしない。先ほどまでの笑顔とおしゃべりは何処へやら、とうとうエリカが根を上げ、しばらくは自転車を降りて手押しで進むことにした。

丘の頂まで近づいた頃に、ようやく山陰が風を遮るのか、向かい風の勢いが少し弱まった気がした。とにかくこのチャンスを逃してはいけない。いくらまだ日が高いとはいえ、こんな風に手押しで歩いて進んでいるようでは、まだ20マイルはある目的地には日暮れまでにたどり着けるはずがないのだから。  

弱いながらも吹き続ける向かい風の中を、それでもなんとか坂を登り続けていると、後方から全身をサイクリングスーツに身を包んだ60歳にはなろうかという老人がやってきて、あっさりと我々を追い越していった。

細身で白髪の彼の何処にそんなパワーが潜んでいるというのだろうか。悔しくなって思いっきりペダルを踏み込んでみるのだが、その距離は縮まるどころかどんどん開いていく一方。こっちは汗を噴出し、顔を真っ赤にして必死の形相で勝負を挑んでいるというのに、すまし顔の御老体は程無く視野から離れていき、やがて遠くに霞んで見えるコーナーへ去っていった。

進んでいるのだかいないのだか分からないこの道程自体も苦痛ではあったが、他にもこのミルバレー近郊に入ってから困ることがあった。これまでは一般道を避けて、なんとか海沿いの小道を走ってきたが、ここに来てどうしてもそこを走らなければならない状況に陥ってしまったのだ。

日本であれば道路わきに、歩道があったり自転車用の白線が引かれてあったりするものだが、ここアメリカでは自転車も自動車と一緒になって、つまり日本の感覚でいうと、オートバイと同様な位置で走らなければならないのである。それがなかなかにスリル満点。日本のように自転車がいたる所を走り回っているなどということはなく、自動車のドライバーも自転車の存在をそれほど頭に入れているわけではない。

その上に日本の町で狭い路地を擦れ擦れになりながら、無断駐車の群れの中を掻き分け進んでいるのとは車のスピードが違う。向かい風の吹く坂道と格闘しながらふらふら進む我が愛すべき自転車は、大型トレーラーが追い越していく度に吹き飛ばされそうになり、心臓も巻き起こった砂埃に合わせるように漠々と鼓動を高める。

途中、昔の彼女が住んでいた町の近くを、エリカには何も告げずにひとり懐かしく思いながら通り過ぎ、最終目的地ティブロンに到着したのは夕方の6時少し前だった。ピーツ・カフィで毎朝カプチーノ片手に一時を過ごしている港から、この町へは往復のフェリーが出ている。やっとあのいつも眺め続けた対岸の町へ辿りついたのだ。

町の中心部自体は歩いて15分もあれば見て廻れるほどの小さなものだが、サンフランシスコのベッドタウンに相応しく、近郊には小さなコンドミニアム群が、そして丘の上の眺めの良い場所には大邸宅が点在していた。

 

我々がここに着いたほんの少し前にフェリーが出たところで、次の便は1時間後になるという。フェリーを待つ間に、甘いものを欲しがる疲れた体へのご褒美に、近くのジェラート屋でモカを2スクープス購入し、隣のカフェに入って対岸が見渡せるテラスに席をとった。

泡の細かさをイタリア訛りの英語で念入りに説明してくれるおじいさんの淹れてくれたカプチーノを飲みつつ、いつも眺め続けたのとは反対からになる景色を目にしながら、今日一日のサイクリングを思い出していた。 

…つづく

 

第9回:Greyhound (1)