■くらり、スペイン~移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく!
著書『カナ式ラテン生活』。


第1回: はじめまして。
第2回: 愛の人。(前編)
第3回: 愛の人。(後編)
第4回:自らを助くるもの(前編)

■更新予定日:毎週木曜日

第5回: 自らを助くるもの(後編)

更新日2002/05/23 

アミーガ・データ
HN: KAORI
恋しい日本のもの: 『温泉』『鰻』『かゆいところに手が届くグッズ』

途方に暮れているふたりの前を、たまたま違うタクシーが通りがかった。今度はちゃんと大学まで連れて行ってくれたばかりか、道行く学生に訊ねながら、外国人向けコースの受付がある建物の前につけてくれる。さらに偶然通りがかった日本人学生が、彼女に代わって入学手続きをしてくれた。「本当にラッキーでした」 おい、1台目の悪質タクシーのことは忘れたのか?

しかもこの旅行で、この親子はレストランでも大いにぼられている。ふたりでメインをそれぞれ肉と魚、そしてグラスワインを2杯頼んだのに、出てきたのは肉2+魚2の4皿と、素焼きのかめにいっぱいのワイン。負けず嫌いの彼女は、意地で全部平らげた。17歳、まだ舐めるくらいしか飲んだことのなかったワインも、一瓶ならぬ"一かめ"空けた。「おかげで、お酒に強くなりました。本当、ついてるんですよー」 これぞ、ザ・ポジティブ・シンキング。


4月に改めて渡西し、語学勉強をはじめる。当時は学生証があれば入館無料だったこともあり、午前中に美術館、昼間は学校、夜は宿題、そしてバルに飲み会にディスコと、充実した学生生活が続いた。ただ、母親との『スペインではスカート禁止』の約束はちゃんと守っていたという。いや、男遊びなんてしなくてもよかった。ベビーシッターやウェイトレス、それに絵の才能を活かして、当時流行っていたドラゴンボールのカレンダーを作って売るなどのアルバイトも楽しかった。そんななか、公立語学学校のカフェテリアの弁当仲間が、ミゲルという男性をKAORIに紹介した。

日本語を勉強したいというミゲルと、すぐに週2回のインテルカンビオ(交換授業)を開始。「恋? ないですよー。素朴な優しいひとだな、とは思ったけど」 それどころか、KAORIが紹介した日本人女性の猛アタックを受けて、その女性とミゲルが付き合うことになったこともある。平気だったの? 「ぜんぜん。だって好みじゃなかったから」 縁というのは、わからない。


成人式でいったん帰国した時期があるものの、スペイン生活が丸4年になろうとしていた96年春、彼女は学校でもっとも難しいクラスを終了する。やるべきことはやった。いつものインテルカンビオで帰国の意思を伝えると、彼は激しく動揺した。数日後、ついにミゲルがKAORIに告白。「僕が養ってもいいから、スペインに残ってくれ」 彼女は答えた。「そんなヒモみたいな真似はできない。スペインには勉強しに来たんだから、ちゃんとケジメをつけたい。本気だったら、日本まで申し込みに来て」 こうして彼女は日本に帰った。数ヵ月後、ミゲルが日本にやって来た。

このとき、言葉が通じないせいで父親とミゲルとの間に行き違いが生じている。これを取りもってくれたのが、KAORIの3歳年下の妹だった。そして、ずっと煮え切らない態度だったミゲルに告白を促したのは、実は彼の妹だったのだという。それぞれの妹たちに「まるでお姉さんみたいに」支えてもらいながら、2年間の遠距離恋愛。やがてミゲルが公務員試験に受かった98年、ふたりは結婚し、KAORIは三度目となるスペインへやってきた。

スペインでの新婚生活は、ミゲルの両親と同居。「息子を可愛がるのが義務だと思っている」ような義母と、それを当然とするミゲルの態度に驚きつつも、やはり「まったく苦労なんてなかった。楽しいだけ」だったという。最近になって新居に移った後も、毎週日曜には一緒に昼食を取るためふたりで両親の家を訪れている。「お義父さんもお義母さんも本当に良い人で、とても可愛がってくれるんです。本当に私、ラッキーですよね」


もうお気づきだと思うが、彼女はただ単に運が良かったわけではない。常にとても前向きに、真摯に、努力を続けている。『天は自らを助くるものを助く』、まさに運を呼び寄せたのは彼女自身なのだ。しかも彼女は、自分だけではなく他人までをも助ける。私と主人が相次いで病気で倒れたときには、言葉のわからない私たちのために病院に付き添ったり、義母特製のスープをくれたりしてくれた。その他、数えあげればキリがない。スペインに来てすぐ知り合った彼女たちには、いくらお礼を言っても足りないほど、本当にお世話になっている。


以前はなんとも思わなかったひと、ミゲルとの生活が、KAORIにとっていまや人生の最重要事項である。日系企業で働く彼女にはスペイン人のように「家庭がいちばん大事」というわけにはいかない場合も多く、いきおい彼との衝突も増えた。夫婦のどちらかが日系企業で働くケースで、よく起こる問題。でも、なんとか切り抜けてほしい。そしていつか振り返って「運が良かった!」と、ケラケラ笑ってほしいと願っている。

 

 

第6回: ヒマワリの姉御(前編)