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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第412回:豪雨の深浦まで - 五能線 ウェスパ椿山-深浦 -

更新日2012/03/08



展望台から戻って11時40分。予定では昼ごはんを食べて、13時18分発の『五能線海彦山彦号』で五能線の残りの区間を楽しむはずだった。五能線海彦山彦号は、リゾートしらかみの車両が点検整備する時期に代走する列車で、ごく普通のディーゼルカーだから指定席券は不要。本当はこの先もリゾートしらかみに乗りたかったけれど、これは時期的な問題だから仕方がない。


私たちが乗った『くまげら』が帰ってきた

それより、この先の運転状況が気がかりである。列車は遅れているらしい。無人駅だし、観光駅長以外の鉄道職員がいないから正確な状況はわからないけれど、ホームに秋田行きのリゾートしらかみ2号が到着した。この列車は本当は30分前に到着する予定であった。しかも車両は私たちが乗ってきた『くまげら』である。つまり、深浦で引き返してきたのである。その先はやはり不通であろう。

深浦から先は代行バス。その前提で予定を考えると、さらに遅れてくるはずの五能線海彦山彦号を待てない。弘南鉄道の弘南線にまだ乗っていない。日が暮れる前に乗りたい。とにかく早くここを離脱しないと、最悪の場合は本日中に東京へ戻れない。

五能線海彦山彦号の前に深浦行きの普通列車がある。定刻なら12時27分発。もちろん今日は遅れている。どのくらい遅れているだろうか。30分遅れなら、ちょうど五能線海彦山彦号の時間帯になる。つまり、1時間はたっぷり時間があり、どうにもならない。1時間ちょっとの時間でリゾートを楽しもう。


ガラス工芸館を見物

8620形蒸気機関車のそばの建物は『白神ガラス工房』だ。多摩美術大学の研修施設だという。観光タイアップだと思うけれど、こんなに遠くまで研修に出される学生さんはどんな気持ちだろうか。滞在する場所が快適なら、ちょっとした旅行気分で楽しいかもしれない。しかし私には退屈な場所に思える。リゾート施設は日常から脱出する場所であって、日常を過ごす場所ではないという気がする。

ともあれ、覗いてみるとガラス張りの向こうに高熱炉があり、若いお嬢さんが仕事をしている。ガラス製作体験もさせてくれるらしい。じっと見ていると、繁華街の『女子大生のぞき部屋』のようだなと言いかけてやめた。良き夫良き父のM氏はそういう卑猥なネタは好まないのである。


ガラスの向こうは高温空間か

女の子なら手にとって、窓辺に飾りたくなりそうなガラスの小物を見物し、何も買わずに出た。いいかげん空腹である。土産物屋に屋台の粉モノのようなものを出すコーナーがあるけれど、私たちは少し離れたレストランに行った。西洋のお城のような建物で、東京近郊にこんな構えのレストランがあれば、ランチコースでも数千円は下らないと思われた。

メニューを見て高価だったら逃げようと示し合わせて入ってみたら、ファミリーレストランとあまり変わらない値段だった。私は『岩木高原豚のとんかつ定食』、M氏は海鮮ものの定食を注文する。岩木高原豚は津軽富士の岩木山のふもとで育てられた地豚だそうである。食べてみれば普通のとんかつ定食であった。普通の食べ物が普通の値段で食べられる。そういうリゾートは好感が持てる。


30分遅れの深浦行き普通列車

入場する前に、ぽつりぽつりと雨粒が落ちていた。それが料理が並ぶ頃に大雨になった。海を見晴らせるレストランのはずが、スコールの中のキャンプ地のような景色になっている。なるほど、深浦方面はこんな状態か。これなら列車も止まるであろうと納得する。食べ終わり、傘を借りて駅に戻ろうと思ったら雨が止んだ。それどころか青空が見えた。私たちはツイているのかいないのか。


ここはまだ穏やかな海

深浦行きが30分遅れなら、12時30分には来るだろうと思ったが来ない。私は掲示された時刻表を見て、そこに示された番号で東能代駅に電話をかけた。東能代を30分遅れで出たという。しかし単線だから、対向列車の遅れをもらってさらに遅れるだろうという。しばらく待っていると12時53分に到着した。だいたい30分遅れであった。海を眺めつつ、約15分で深浦駅到着。この列車の終点である。


深浦港が見えた

待合室には30人ほどのお客がいた。窓ガラスが曇っている。駅員がこの先は不通だと応えている。駅前には代行バスが2台並んでいた。この後に到着する五能線海彦山彦号を待って発車するそうだ。

待合室で何をするでもなく、私たちは立ち尽くした。とりあえず何もすることがない。外を散歩しようにも、また豪雨になっている。すさまじい雨で、バスの背中は見えても、車体の前半分が見えない。バスでさえ走ってくれるのか、と思うほどの天気である。ただし、ちょっとの間だけ小やみになるときがあり、その隙に外に出てみた。


深浦駅に到着。とっくに弘前に着いているはずの列車も残留

商店街にもなっているバス通りを渡ると海があった。駅の隣に商店がある。広いコンビニエンスストア風だが、棚は余地が多く寂しい。悪天候で品物が来ないのだろうか。客も私だけだ。おばさんがレジに立って待機している。私は暇つぶしで寄っただけで、ほしい物はなく……しかし何も買わないと気まずい。駄菓子の梅漬けをふたつ。小銭を数えている間に、作業服姿の男性が来店し、雨をはらっておばさんに声をかけた。私は少し安心して駅に戻った。


深浦駅前から

バスはまだ発車する気配がない。立ちっぱなしも辛いから、バスの座席で発車を待ちたい。しかし、何か段取りを決めているようだ。しばらくして、片方のバスは五所川原へ。もう片方のバスは鰺ヶ沢を経由して弘前へ直行すると決まった。"代行"バスとしては不通区間が終わる鰺ヶ沢までになるだろうけれど、その先までの手配をつけてくれたようだ。これはありがたい。

私たちは弘前へ行くバスを選んだ。席を決めてすぐにM氏が「五能線海彦山彦号を見たい」と外に出た。しばらくしてM氏が戻り、その後から乗り継ぎ客が乗り込んで、バスがほぼ満席になった。14時過ぎに発車。弘前には何時ごろ着くだろうか。列車に乗れない悔しさよりも、乗り継ぎのほうが気になる。16時ちょうどの弘南鉄道に乗れたら日程を回復できる。こうなったらバスにがんばってもらいたい。


代行バスが待機中

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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