第657回:長距離鈍行と鬼伝説 - 伯備線・山陰本線 新見~西出雲 -
備後落合発14時37分の芸備線に乗って16時ちょうどに新見に着いた。期せずして逆方向に乗ってしまったけれど、未乗区間に乗れたからこれで良し。さて、出雲市に戻ろう。遠回りになったから普通列車ではたどり着けないかもしれない。途中で特急やくもに乗り換えが必要か、と時刻表を調べたら、すごい普通列車を見つけた。16時24分発の西出雲行きだ。西出雲着は19時51分。所要時間は3時間半くらい。走行距離は145.2km。中国山地の路線は短距離列車ばかりと思っていたら、こんな長距離鈍行が走っていた。青春18きっぷにふさわしい列車だ。乗らなくちゃいけない。
たった2両編成で145kmのロングランの各駅停車
駅前をひとめぐりしてプラットホームに戻る。西出雲行きの電車は黄色い2両編成だ。昔の総武線各駅停車のような顔つきで、なんとなく下ぶくれ。側面に回って形式を見ると115系だった。近郊型電車113系の山岳路線対応版、関東では湘南色や横須賀色で、高崎線、中央本線で活躍した電車だ。短編成化するにあたり運転台付き車両が不足して、中間車に簡易運転台を取り付けた。創意工夫というか、リユースというか。おもしろい顔の電車だ。
新見から米子までは伯備線だ。下りは寝台特急サンライズ出雲で何度か通ったルート。上りは先日、振り子特急やくもで通った。新規乗車ではないから景色の眺め方も気が抜けている。まるで家に帰るような安らかな気分。それでも、新たに気を引かれる景色がある。伯耆溝口駅に停まる少し手前、コンクリートの四角い小屋に鬼の像が座っていた。写真を撮って、カメラのモニターで拡大してみる。「鬼ミュージアム」と書いてある。ここ伯耆町は日本最古の鬼伝説があり、鬼で町おこしをしているそうだ。
列車を睨む鬼
溝口の山に鬼の集団がいて、鬼住山と呼ばれていた。鬼は里に下りては悪行を繰り返し、村人を困らせていた。その鬼たちを孝霊天皇の軍勢が退治した。孝霊天皇は古事記や日本書紀」に名を示しており、1800年前の話。桃太郎伝説よりさらに古く、桃太郎伝説の起源という説もあるらしい。ちなみにこちらの伝説はきびだんごではなく笹団子が出てくる。村人たちが孝霊天皇に笹団子を差し入れたところ、孝霊天皇はそれを食べず、鬼をおびき出す餌として使った。成敗され命乞いをする鬼に対して、孝霊天皇は「心を入れ替えてこの地を守護せよ」と命じたという。
神が降りてくる
7月下旬の日没は遅い。しかし太陽は雲間に隠れ、ときどき神の降臨のような光の柱を見せている。伯耆大山も雲に消されていた。米子着。遠くの留置線に手持ち無沙汰の除雪車が佇む。その向こう、見慣れない丸い車両は、京都丹後鉄道の特急車両「丹後の海」だ。天橋立あたりを走る列車が、なんでこんな所に……。そうか、改造か検査か、境線の後藤総合車両所でやるのか。距離にして170kmも離れた場所だ。大仰だと思いつつ、回送ではなく営業運転してくれたら楽しそうだな、とも思う。
丸窓が目玉みたいだ
京都府からやってきた特急車両
出雲市駅に到着。でも降りない
松江あたりで日が暮れて、出雲市駅の到着は19時35分。約10分の停車時間を車内で待った。ホテルの最寄り駅に着いたけれど、次の西出雲駅が終点だ。せっかく乗った長距離鈍行だ。最初から最後まで乗り通す。夜の高架線。この線路は4年前の昼間に乗っていた。そうだ。電車の車庫があったんだ。だからこの電車は西出雲行きか。暗い車窓に寂しさを感じて西出雲着。黄色い電車が進行方向に去って行く。
車庫に帰る電車
西出雲駅は瀟洒な作り
西出雲駅は洒落たガラス張りの駅舎があった。周囲は暗い。向かいの大きな建物は市民ホールか、いや、違った。ビアホールである。出雲路ビールという看板がある。ああ、酒が飲める体質なら、長距離列車を乗り通した祝杯をあげるところなんだがなぁ。少しは飲めるけれども、ホップの香りか苦手だ。寂しい体質である。しかしビアホールに必ずあるソーセージの類いは好きだ。どうしよう。少し迷って回れ右。出雲市まで戻る列車はキハ120が1両。4年前に乗った三江線と同じ形、同じ色であった。
暗やみにそびえるビアホール
三江線に乗れなかったことを思い出した
-…つづく
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