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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第477回:終着駅から始まる旅 - 留萠本線 増毛~恵比島 -

更新日2013/07/11


増毛駅は倉本聰脚本、高倉健主演の映画 『駅 STATION』の舞台。映画の時代はもっと賑やかだっただろうけれど、いまは無人駅。列車は1日に7本しかない。往時の名残の広い土地に、ホームが1面、線路が1本。レールは海に向かって少し先まであって、レールを折り曲げた簡素な車止めと標識がある。寂寥としていて、旅の終着駅にふさわしい駅であった。この駅には列車で来たかった……と、改めて思う。


簡素な車止め。これぞ終着駅の侘び寂び

留萌駅で見送ったはずの回送列車はまだ到着していなかった。タクシーのほうが速い。つまり自家用車のほうが速いわけで、ローカル鉄道が寂れていくわけだ。朝の6時過ぎ。それでも数人の来訪者がいて、駅舎の写真を撮ったり、周辺案内図を眺めている。クルマで観光に来た人たちだろうか。

駅前広場には"風待食堂"という古い建物がある。『駅 STATION』で、高倉健が追う犯人の妹が働いていた店……という設定だった。現在は観光案内所になっている。もちろんこの時間は開いていない。この建物の道路を隔てた向かい側に旅館があって、高倉健はそこの2階から張り込みを続ける。その建物はもうなかった。広い駐車場になっていて、食品会社の社員用である。


観光名所の風待食堂

駅舎の見物も終わり、始発列車のまで10分と少し。線路の延長方向に歩いてみた。ここに線路が終わり、海が始まる。鮮やかな青空、穏やかな海。右手にはギラギラとした太陽が上っている。夏の残滓。今日の海はさざなみだけど、海岸線には消波ブロックが10段ほどあり、見渡せば沿岸はずっとこの様子である。冬は荒れる。映画でも、高倉健が暮れに訪れて、故郷に帰る船を何日も待っていた。


増毛の海

汽笛が聞こえて、微かなディーゼル音も届いている。列車が到着したようだ。増毛駅に戻ると、ホームには数人のお客さんが列を作っている。ハンドバックを持った老婆以外は荷物が大きい。観光客だろうか。早朝の出発は、昨日の大雨で足止めされたからか。列車は銀色に赤帯のキハ54型1両である。『駅 STATION』では2両編成で、新製されたピカピカのキハ40形に、郵便荷物車のキユニ21形がつながっていた。郵便輸送もチッキ便も廃止されたから、あの頃もいまも、旅客定員は変わっていないといえる。もっとも、映画では車内が満員だった。


キハ54で出発

ワンマン運転。運転士の合図で列車が走り出す。私は左手、海側の席に座っている。太陽がさらに高くなり、海に反射して眩しさを増している。暑い日になりそうだ。港にヨットやレジャーボートが係留されている。夏のマリンレジャーには良いところだろう。窓を開けた。涼しい風が入ってくる。いったん海岸から離れて箸別に停まる。トンボの大群が舞っている。日差しは強くとも、もう9月。秋の気配である。


夏はレジャーボートで賑わう?

二つ目の朱文別という駅はホームが短い。ワンマン運転の乗降に必要な最低限の長さ。仮乗降場として作られたままの姿である。この先のほとんどの駅がこんな作りだった。まるで、人なんかついでに乗せてやるんだよ、というような簡素さである。そう、留萌本線は本来、貨物輸送が主目的だった。留萌本線は石炭を留萌港へ運び、折り返して海産物を出荷するために作られた路線である。開通は1921年。予定した区間を全通させている。


列車の長さに足りないホーム

留萌本線はいまでこそローカル線であるけれど、当時は陸上輸送の主役だったはず。だからこそ本線と名乗っているわけだ。貨物が主といっても、港には人が集まる。札幌から増毛まで直通する急行列車も走っていたという。急行列車の客の多くは増毛へきて、ここから船に乗り継ぐ。目的地は離島ではない。同じ沿岸の村であった。道路が整備されておらず、陸続きでも船が交通の主役だった。

車窓はずっと海を見せてくれる。線路と海の間に国道231号線、オロロンラインがある。さっきタクシーで通った道だ。しかし線路のほうが高いところを通るから、海側も反対側も景色がよく見える。やはり列車のほうがいいと思う。その道路が線路をまたぐ。瀬越駅を過ぎると大きく右へカーブして鉄橋を渡る。運河のようだ。道路のトラス橋に見覚えがある。運河の突き当たりに私が泊まったホテルがある。建物はちらりと通り過ぎたけれど、周辺は部屋から見た風景を連想させた。


オロロン道路に並んで走る

06時46分。留萌着。隣のホームに増毛行きのディーゼルカーが停まっている。あちらは07時05分発。こちらは1分そこそこで出発する。一泊した街の駅だけど、もう私には用がない。これで留萌本線の全線を踏破したという区切りにすぎない。そういえば、昨日のおみやげはもう発送されたのだろうか。今日だろうか。


留萌駅で交換

深川から留萌までは昨日乗った。しかし雨天であったし、込んでいたし、おまけに私は居眠りをしていた。今日の晴天の風景が新しく楽しい。列車は海に背を向けて、留萌川にそって谷を上る。留萌までの車窓は空と海の青。ここからは明るい緑、濃い緑に包まれる。空の青さは勢力が交代した。大和田駅を過ぎると雲が増え、日差しが和らぐ。一瞬、空が暗い灰色になり、また雨かと思ったら、青空が見え始めた。


内陸に入って雲が増えてきた

地上に視線を落とすと、できたばかりのトンネル開口部と錆止めを塗ったばかりのような橋が見える。高速道路の工事のようである。鉄道の物流が不要になった地域へ高速道路を作る意味があるのかと思う。いや、トラックならまだまだ必要なのだろうか。なにしろ留萌はカズノコの生産量が日本一。鉄道貨物は廃止されている。

藤山駅は掘っ立て小屋のような駅舎があった。手前の大和田駅は貨物列車の車掌車を改造した待合室が置かれていた。これが駅として作られたか、仮乗降場として作られたかの違いかもしれない。幌糠は車掌車、峠下は一人前の駅舎があり、線路2本に対向式ホーム。時刻表をめくって調べてみると、1日6回の列車交換が行われている。残念ながらこの列車はここで交換しない。留萌で交換したからだ。


峠下駅の駅舎は立派

峠下駅の次が恵比島駅。昨夜、降りようかどうしようかと迷った駅だ。しかしもう迷わない。スケジュールの遅れは特急に乗って回復する。タクシーに乗ったときから決心していた。次に留萌本線に乗る機会はないかもしれない。通り過ぎれば後悔するだろう。

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)


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