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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第568回:廃線とバス路線 - 大船渡線BRT 鹿折唐桑~小友 -

更新日2015/10/29


5時前に起きた。夜明け前、空がすこし青みがかっている。枕元の携帯端末のスイッチを入れて灯りとする。布団の中でまぶしい画面を眺めると、まだいくつかメッセージが届いていた。私は22時を待たずに眠ってしまった。日付が変わる前に、友人たちが誕生祝いの言葉を寄せてくれた。

たっぷりと7時間も熟睡している。トイレに行く。寒い。温風ヒーターのスイッチを入れて、電気ポットから湯を出して茶を煎れた。外が明るくなったようだ。障子戸を開けて、カーテンも開けた。漁港だ。昨夜は漆黒の闇だったところだ。なるほど、こちらは海か。ホテル望洋の名の通りの風景だった。


ホテル望洋から日の出を拝む

予約の電話のとき、宿の主人が申し訳なさそうに、「いまはビジネスホテル状態なんです」と言った。その意味がいま分かった。「本当は素泊まりの宿ではないのです。海の幸をたっぷり召し上がっていただく、景色の良いホテルなんです」。それが彼の心情だったと思う。海の幸を楽しむ宿。フランス風に言うとオーベルジュ。それが震災復興工事の関係者を優先し、自慢の料理も出せない。宿泊客は景色を見る余裕もない。それでも満室。ありがたいとはいえ不本意。悔しいだろう。

フロントに鍵を返し、坂道を降りていく。昨夜は闇の中だった道。今朝は周囲を見渡せた。プレハブの大きな建物があり、缶詰製造会社の看板が掲げられている。事業再開。復興は進んでいるようだ。

鹿折唐桑停留所は国道の脇に、ぽつんと標識があるだけだった。一本道の両側は更地になっている。真っ暗闇だったわけだ。本来の鹿折唐桑駅は山側の築堤の上あたり。あそこもBRT専用道になるだろうか。


真っ暗だった鹿折唐桑駅周辺の朝

早朝の国道でバスを待つ。ヒッチハイクの旅のようだ。しかしクルマも人も通らない。本当にバスは来るかと不安になる。鉄道もバスも公共交通機関で、決められたダイヤに則って走る。とはいえ、なんとなくバスは不安で落ち着かない。都会のバスは時間があてにならない、という先入観があるせいだ。バスに対する偏見である。もっとも、その偏見を覆そうという仕組みがBRTであった。

05時38分。赤いバスは定刻通りやってきた。先客はいない。乗客は私だけ。運転士さんも驚いたに違いない。「おはようございます」と挨拶する。同じ言葉が返ってくる。握手をした程度の信頼関係が築かれた。バスは滑らかに発車して、整った道を走っている。新しい舗装路だ。本当に新興住宅地のような気がする。


BRTバス盛行き、気仙沼と盛を1時間14分で結ぶ

正面に高架道路との立体交差がある。バスはその手前の交差点を右折して、高架道路に入った。国道45号線、東浜街道の気仙沼バイパスである。線路はいままで走ってきた道路に並行しており、そのまま直進していく方向だから、バスは線路に背を向けて走っている。線路は山中に入り、並行する道路は蛇行の連続した峠道になる。だからバスは海側のルートとなったようだ。


線路を離れ、国道の長いトンネルを通る

線路と別れ、再び合流するまでの区間が、大船渡線不通区間の約半分である。山道の途中にある上鹿折駅は、もとからあるミヤコーバスの路線を代行バスとして運行し、BRTの路線図に組み込んでいる。峠の向こう側の陸前矢作駅は、盛方面と往復する便が設定されている。つまり、気仙沼と盛を結ぶ便は、上鹿折も陸前矢作も通らない。BRTは鉄道と同じ扱いのバスと言うけれど、もう路線図が違う。すでに廃線と路線バスの旅であった。


海へ向かう。ここまで津波がきた

海側ルートといえども、序盤はこちらも山道である。ただし曲がりくねった道はなく、新しいトンネルをスッと通り抜けていく。陸路の果てに、ようやく海が見えた。県境を越え、ここから先は岩手県である。長部停留所で男子高校生が二人乗った。もともと鉄道のない漁村だった。この地域の人々にとってBRTは新しい交通機関が増えた次第である。BRTのガラス張りの待合室があった。よく見ると、国鉄の2軸貨車を改造した待合室に似ている。それを意識したデザインだろうか。


長部駅、デザインのモチーフはワムか?

次の停留所は“奇跡の一本松”という。あ、ここか、と思う。奇跡の一本松は、もともと松原だったところにある。津波で多くの松の木が流されたけれど、その一本の松の木だけは残った。だから奇跡の一本松と呼ばれ、復興のシンボルとされている。あらゆるものが流された中、この一本松を見物に訪れる観光客もいるという。そこでBRTは臨時乗降場として奇跡の一本松停留所を設置した。そこまでの知識はあった。


奇跡の一本松へ……

しかし、車窓から眺めてみたところ、停留場付近にそれらしき木は見えない。このあたりは広大な更地、何本もそびえ立つクレーン。その土台にような骨組み。油田にあるような柱であった。そして、頭上に掲げられた橋のような構造物。三岐鉄道三岐線の沿線にあったセメント工場のようで、その何倍もの大きさである。これは地盤嵩上げ事業のために資材を輸送するベルトコンベアーだ。夜に来たら、きっと照明がきれいでSF映画のような風景と思う。のんきなことを言うけれど、一本松が見つからないから、この大きな構造物をじっくり眺めた。


大規模な造成工事が行われていた

バスは奇跡の一本松停留所の交差点を左折して、山へ向かう。地図上では気仙川に沿っている。途中にかつての陸前高田駅があり、そのすぐそばの踏切を渡ったはずだけど、通り過ぎただけでは判別できなかった。それだけ跡形もなく消えたということだろう。丘を上ったところがBRTの陸前高田駅。待合室のそばに“市役所前”という停留所標識が立っている。なるほど、市役所にBRTの駅を寄せたらしい。ここで高校生が数人乗ってきた。時刻は06時04分。ほぼ定刻である。

陸前高田から北へ三陸自動車道が通じている。無料の一般国道だけど、バスはその道に入らず、住宅街の山道をくねくねと走った。次の停留所は高田病院である。鉄道時代にはなかった停留所だ。線路は遠く離れた海側にあった。通院するなら、鉄道よりもBRTのほうが便利、という事例である。ただしこの時間帯、まだ病院は開いていない。したがって乗降客もない。


細い道を辿って高田病院へ

高田病院を発車して、今度は高規格道路に入った。しかしすぐにまた右折して県道に入る。地方は国道と県道の違いがハッキリわかる。県道38号線は高台の住宅集落をいくつか通って、大船渡線の鉄道ルートとの距離を縮めた。そして線路と交わるところから、BRT専用道が始まっている。バス一台分の細い道。両側にガードレールがあるけれど路側帯も歩道もない。前方に小友駅が見えてきて、その手前に交換所があった。


専用道区間に入って小友駅へ

時刻は6時23分。やはり定刻通りである。そして、鹿折唐桑停留所から約1時間が経過していた。ここからやっと線路の上である。いままでのルートはただの路線バスだ。これは大船渡線ではない。鉄道ではない。しかし、市役所や病院の前に停まる。悔しいが、BRTは便利だ。そして、海も山道も景色がよろしい。陸前高田の巨大造成工事も見応えがあった。ますます悔しい。私の震災に遭った人々を思いやる気持ちが薄れ、BRTが便利であるという事実に戸惑っていた。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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■著書
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~日本全国列車旅、
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