第355回:流行り歌に寄せて No.160 特別篇 「森田童子の訃報に接して その2」
春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ
君と話し疲れて いつか黙りこんだ
ストーブ代わりの電熱器 赤く燃えていた
地下のジャズ喫茶 変われないぼくたちがいた
悪い夢のように 時がなぜてゆく
(間奏)
ぼくがひとりになった 部屋にきみの好きな
チャーリー・パーカー見つけたよ ぼくを忘れたカナ
だめになったぼくを見て きみもびっくりしただろう
あのこはまだ元気かい 昔の話だネ
春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ
今から四半世紀前の平成5年1月、松も明けた8日の金曜日、当時あまりスポーツ以外のテレビ放送を観る習慣がなかった僕が、その日はなぜかぼんやりとTBSの画面を観続けていた。10時になったから、そろそろ消そうと思いテレビに近づいた時(リモコンのないテレビだった)、森田童子の 『ぼくたちの失敗』 が聴こえてきた。
本当に驚いた。テレビドラマのオープニングで森田童子の声が流れているのだ。この曲をドラマに使うとは一体どういうことか、頭の中は文字通り疑問符だらけになり、それを解くためにまず観てみようと思ったのが、結局は最終話まで1回も逃さずに視聴してしまった。
タイトルは 『高校教師』 、脚本は野島伸司、教師役は真田広之、女生徒役は桜井幸子。かなりセンセーショナルな内容のドラマだったので、視聴者の評価は大きく分かれたが、最終回の視聴率は33%を記録するという人気番組になった。
当時僕はサラリーマン。まだ家にはビデオ装置というものがなかったので、仕事終わりの金曜日、上司、同僚の飲み会の誘いをその都度断って自宅に帰って観続けていたのである。
森田童子の曲は 『ぼくたちの失敗』 の他に 『男のくせに泣いてくれた』 『G線上にひとり』 『ぼくが君の思い出になってあげよう』 『君と淋しい風になる』 『君は変わっちゃったネ』 と、オープニング、エンディングに6曲が使われた。それまで森田童子の名前を知らなかった人々にとっても、彼女は注目されることになり、従来のレコードはCD化され、ベスト盤のCDも売り出されて、ひとつのブームにもなった。
その後、同年に作られた 映画版『高校教師』 では主題歌が 『たとえばぼくが死んだら』 、挿入歌が 『ぼくたちの失敗』 。そして10年後の平成15年に作られたTBSの テレビドラマ『高校教師』 にも 『ぼくたちの失敗』 の他に 『淋しい雲』 『君と淋しい風になる』 『ぼくと観光バスに乗ってみませんか』 が使われている。
『高校教師』は3作とも、すべて野島伸司の脚本によるものであり、選曲も彼の手によるものだが、今回文献などで調べると、やはり彼が浦和高校時代に新宿ロフトで森田童子の声を聴いていたことが分かった。彼も大きなインパクトを受けたようである。
しかし、あのドラマと森田童子の曲の持つ世界観とはまったく違ったものだと思う。一度彼に、使用したその理由を伺ってみたい気がする。
さて、丁度2年前の7月20日、オリジナルアルバム6枚他がスーパー・ハイ・マテリアルCD仕様で発売された。僕は未だにそれらを購入しようかどうか迷っている。今一度しっかりと聴きたい気持ちは、確かにある。
しかし、還暦を超えて、かなり疲れが見えてきたこのオンボロの感受性に、はたして響くものがあるのか、やはり怖い気持ちがあるのだ。一方でいろいろと失ってしまったあの若い時代を、ぼんやりと懐かしみたいという思いもあるが、それはそれで何か気恥ずかしい気がする。
相変わらず優柔不断な自分にウンザリとしながら、思い返すに森田童子という人が亡くなってしまった淋しさを改めて感じている。彼女は僕より長生きしてくれると思っていた。勝手にそう思い込んでいたのだ。
最後に 『ぼくと観光バスに乗ってみませんか』 の最終節をご紹介して、この文章を終わりたいと思う。「ドゥーユワナダンス」とは、昭和37年に流行ったクリフ・リチャードの “Do You Wanna Dance.”ではないかと想像しているのだが。
君と 今夜が最後なら トランジスターラジオから流れる
あのドゥーユワナダンスで 昔みたいに うかれてみたい
あのドゥーユワナダンスで 昔みたいに うかれてみたい
-…つづく
第356回:流行り歌に寄せて No.161 「僕のマリー」~昭和42年(1967年)
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