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第314回:流行り歌に寄せて No.119 「網走番外地」~昭和40年(1965年)

更新日2016/10/27

18曲と今までにない多くの数の曲をご紹介した、オリンピック・イヤーの昭和39年が明け、昭和40年のライナップの最初にご紹介するのは、かなり濃いめの曲になった。高倉健の初期の代表作でもあり、後にシリーズ化され大ヒットとなった石井輝男監督の東映映画『網走番外地』の主題歌である。

もっともこの作品、最初は当時の東映の大川博社長が当たらない映画と判断し、健さんたちが「カラー映画にしてほしい」としきりに依頼するのを断って、低予算の白黒映画、しかも併映映画の添え物として作られたものである。

タイトルは、実際に網走刑務所における受刑者であった伊藤一が、その経験をもとに昭和31年に著した実録物の小説『網走番外地』から拝借している。

同名タイトルで日活映画は、東映に先んじて昭和34年に、小高雄二、浅丘ルリ子共演の純愛映画として公開しており、こちらの方が伊藤一の原作に忠実なストーリーに仕上がっているという。

さて、東映版の方は当時の今田智憲東京撮影所長が「網走刑務所の受刑者の間で歌い継がれている歌『網走番外地』がとてもいいらしい。これを主題曲に何かできないか」と石井監督に相談をしたのがきっかけだった。

石井の方は、それ以前からトニー・カーチス、シドニー・ポワチエ共演による昭和33年のアメリカ映画『手錠のまゝの脱獄』と同じ着想の、ふたりの囚人が片腕ずつを手錠で繋がれたまま逃走する、というストーリーを映画化したいと考えていたのである。そこで、まさに渡りに舟と言える格好になった。

因みに石井監督は、その前作『顔役』で件の『網走番外地』という歌をすでに使っていたという。奇遇な話である。『顔役』では、何と三田佳子がオルガンを弾きながら歌っているのだ。

石井監督による映画『網走番外地』は本作を始め2年半にわたり、全10作のシリーズ作品となり、映画興行収入の上位を占める大ヒットとなった。

また、石井監督が降りた後も『新網走番外地』として、俊藤浩滋(藤純子の父親)プロデュースにより数人の監督が手掛け、シリーズとして8作品を残している。


「網走番外地」  タカオ・カンベ:作詞  山田栄一:作曲  高倉健:歌

1.
春に 春に追われし 花も散る

酒(きす)ひけ 酒(きす)ひけ 酒(きす)暮れて

どうせ 俺らの行く先は

その名も 網走番外地

2.
キラリ キラリ光った 流れ星

燃える この身は 北の果て

姓は誰々 名は誰々

その名も 網走番外地

3.
遥か 遥か彼方にゃ オホーツク

紅い 真っ紅な ハマナスが

海を見てます 泣いてます

その名も 網走番外地

4.
追われ 追われこの身を 故里で

かばってくれた 可愛い娘

かけてやりたや 優(やさ)言葉

今の 俺らじゃ ままならぬ


※「きすひけ」は酒飲め、「きすくれて」は酒飲み明かして、の意の隠語


前述の通り、実際に網走刑務所の受刑者によって歌い継がれた曲ということである。上記には、タカオ・カンベ:作詞 山田栄一:作曲としたが、これはある意味、便宜上のことである。

曲の方は、昭和6年に橋本国彦が作曲し、ビクターから発売された『レビューの踊子』が原曲であるとのことだ。映画『網走番外地』が作られた頃は橋本国彦はすでに故人であり、数多くの劇映画のテーマ音楽を手がけていた山田栄一が採譜、編曲をして、当時の東映の取締役であった岡田茂に映画で使うように話を持ちかけた。

山田栄一は、映画音楽の他に東海林太郎の『すみだ川』『上海の街角で』など戦前の歌謡曲を作曲したことでも知られている。

一方詞の方は、伊藤一の小説の中の言葉、あるいは作中場面のイメージによって浮かんだ言葉を、タカオ・カンベが歌詞としてまとめたものだろう。受刑者によって歌い継がれたものなので、他の歌詞が多数存在しているに違いない。

タカオ・カンベとは、オールディーズ時代の洋楽の訳詞、あるいは新たに作詞をした人で、アニマルズのヒットで有名な『悲しき願い』の日本語詞は代表作である。尾藤イサオが歌った「誰のせいでも ありゃしない みんな俺らが悪いのか」というフレーズはずっと耳に残る。

さて『網走番外地』を、健さんは凄みを抑え、少し照れたようではにかみがちに、そして哀しく歌っている。その朴訥な歌い方が、聴くものの心に響くのだ。当時妻であった江利チエミが、つきっきりで歌唱指導をしていたという微笑ましい逸話も残っている。

この曲は多くの人がカバーをしているが、私は藤圭子の昭和45年10月の渋谷公会堂での録音版が最も好きである。

-…つづく

 

 

第315回:流行り歌に寄せて No.120 「夏の日の想い出」~昭和40年(1965年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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