第154回:私の蘇格蘭紀行(15)
更新日2009/11/12
■Dale
Mainさんのこと
先日来書いているアバディーンでの宿は、The St. Ola Guest Houseという。本来この手記は、スコットランドなどを旅している時間の経過に従って書いている。しかし、ここの女主人であるDale
Mainさんについて書こうとするときに生じる時制の不一致を、許していただきたいと思う。
今後もときどき、何かについて深く書いてみようと思うときは、このような脱線気味の方法をとることを、どうか予めご容赦ください。
ひと月間の旅行で、一番快適な宿はどこかと尋ねられたら、このThe St. Ola Guest Houseと即答することができる。Daleさんは、この旅行のみならず、私が旅先で出会った多くの人たちの中で、最も尊敬する方の一人だ。
彼女は、50歳代半ばぐらいだろうか、柔らかな笑みをいつも絶やさない敬虔なクリスチャンである。3回前のこのコラムでも触れたが、とにかく宿の部屋の様子に彼女らしさがよく表れているのだ。
決して贅沢な物は置いてはいないが、センスの良い調度品が、使いやすく整理されて並べられている。バス、トイレも清潔そのもので、実に気持ちがよい。
まったく他のB&Bと異なるのが朝食。かと言って、特別なメニューが置いてあるわけではない。
オレンジかグレープフルーツ・ジュース。シリアル、ヨーグルト、ポリッジ(オートミールのミルク煮)、プルーン、グレープフルーツなどの果物、玉子(茹で、炒り、落とし、揚げのうち一種)、ポーク・ソーセージにベーコン、焼きトマト、炒り豆、ブラック・プディング(豚の血のソーセージ)、そして、トーストにコーヒーという一般的なブリティッシュ・ブレックファーストである。
確かに、種類は他と較べて豊富かも知れない。それよりも何よりも、何もかもとても旨いのである。ここの朝ご飯を食べたら他の所は・・・と思うほど味が良い。ひとつ一つを、元の材料から実に丁寧に拵えている。Daleさんの真心が伝わってくる料理なのだ。
失礼ながら、他のB&Bは、スーパーで販売している「朝食セット」のようなキットに火を通しただけのものがほとんどだった気がする。もちろん、それぞれの宿の都合もあり致し方ないことなのだろうが。
私は、通常は宿のそばにあるコイン・ランドリーで洗濯をするものだが、近くに見当たらなかったのでDaleさんに聞いてみると、即座に、「どうぞ、家のを使ってください」との答えが返ってきた。
ありがたく使わせていただき、朝洗濯物を干してから外出し、夕方になって戻ってくると、私のベッドの上に洗濯物が丁寧に畳まれてあった。
これは申し訳ないことをしたと、彼女に会って、「あんなにきれいに畳んでいただき感謝しています。それも含めて今朝の洗濯代はおいくらですか」と尋ねると、『あなた怒るわよ』というようないたずらっぽい目をして私を睨んで、笑いながら首と手を振って"No.
No Thank you"と言ってくれた。
彼女の息子さんもラグビーをしているとのことで、スコットランドが5ヵ国対抗で優勝したときは、彼女も大喜び。"Wonderful,
Brilliant!!"と、うれしさを真っ直ぐに表していた。そしてスコットランド・ファンである私に、握手を求めてきて、「喜びを共有できて何より!」と天を仰ぐような姿を見せたのだった。
いろいろお世話になったので、何かお礼をしなければと考えていたが、なかなか思いつかなかった。どのタイミングだったか忘れたが、彼女が私の小さなメモを見つけ、漢字で書かれた文字にとても関心を持った。
「よかったらあなたの住所と名前を、そのKANJIという文字で書いてみてくださらない?」と言われるので、私がメモ紙に、「東京都世田谷区・・・金井・・・」と書いたところ、彼女は本当に目を輝かせて喜んだ。「これ、いただいていいかしら、ずっと記念に取っておくわ」。
それならもっときれいに書かなくてはと、私は持っていたレポート用紙に清書し直して彼女に渡した。「そうそう、この国の名前は漢字ではこう書くのですよ」と言いながら、「蘇格蘭」と大きく書いたものを添えて。
彼女は目を大きく見開いて、「これがスコットランドという字なの、素晴らしい!」といつまでも大切に取っておくことを再び私に誓いながら、その紙をていねいそうに受け取ってくれた。
出発の朝、彼女は私の次の目的地であるインバネスで、知り合いが営んでいるB&Bを紹介してくれ、そこの女主人への短い紹介状を渡してくれた。
せっかくだからとThe St. Ola Guest Houseの玄関前で、私はDaleさんの、彼女は私の写真を1枚ずつ撮った。丁寧にお礼の挨拶をして宿を後にしたが、寂しさはあっても、私は生涯忘れられない人と出会えた、とても幸せな気持ちで満たされていた。
-…つづく
第155回:私の蘇格蘭紀行(16)