■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
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第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
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第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
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第151回:私の蘇格蘭紀行(12)

第152回:私の蘇格蘭紀行(13)
第153回:私の蘇格蘭紀行(14)
第154回:私の蘇格蘭紀行(15)

■更新予定日:隔週木曜日

第155回:私の蘇格蘭紀行(16)

更新日2009/11/26


"魔女の宅急便"のような街インヴァネス
4月12日(月)、心優しきDale Mainさんの地アバディーンを後に、次の目的地インヴァネス(Inverness)に向かう。余裕を見て出てきたので、アバディーン駅で1時間半以上の待ち時間。日本から持ってきた「井伏鱒二全集 第一巻」を50ページほど読み進める。

そう言えば、井伏さん自身も着用され、作品中にもときどき登場するインヴァネス(コート)は、ケープ付きの袖無し外套のことで、発祥はこれから訪れる彼の地とのことである。そんなことを考えていたらコートが欲しいほど徐々に寒くなり、ホームに出て列車を待っていても15分ほど遅れて入線してきたため、車輌の中に入るまでは凍えそうな状態だった。

車窓からは定番とも言えそうな風景、羊、牛、馬が牧草をのんびりと食んでいる。この国のほとんどが酪農農家ではないかと思ってしまうほどだ。

インヴァネスに着き、次の次の目的地であるオーバン(Oban)行きのバス乗り場を確認した後、昼食にチキンバーガー(これは実に美味だった)を頬張ってから、タクシーで宿に向かった。

Daleさんの紹介してくださったB&Bは、思った通りの暖かいおもてなしをしてくださる宿だった。宿の主人であるMrs. Girは、実に明るい女性で、いつも笑顔を絶やさずテキパキと立ち働く人だった。おそらく35、6歳くらいだろう。

それに、£15.00/nightという価格には本当に助かった。Single Roomだが、とても清潔できれいな部屋だった。共同のバス、トイレ共同も掃除が行き届いている。ただボンヤリ廊下を歩いていると、バスタオル一枚だけを羽織った20歳前後の女性が"Sorry"と言いながらバス・ルームに飛び込んでいくのには度胆を抜かれた。

さて、再び街に繰り出す。『地球の歩き方』にも書いてあったが、インヴァネスは『魔女の宅急便』に出てくるような美しい街である。ネス湖から流れてきて海に注ぐ、その河口にこの街はある。(Inverとは、そのまま河口という意味だそうだ)そよぐ風、飛び交うカモメ。

そんな街の真ん中にあるのに、場末のような雰囲気を持つパブに入ってみる。20歳代中頃の女性が一人で切り盛りしている。かなりの飲兵衛たちの溜まり場と化しているようだが、彼女は実にクールに客あしらいしており、小気味の良いほどである。

店の隅でドミノに昂じている数人のお客。「あなたたち、もう3時間もやっているのよ。も少し飲んでくれなきゃ、商売あがったりなんだけどなあ」。そう話しかけ、彼らからのもう1パイントの受注に成功する。

私も気持ちよく2パイントのエールを呷り、店を後にする。最後に彼女が、"See ya!"と言ったとき、頬にできたエクボがいじらしかった。矜持を持って仕事をしてはいても、そのなかに若い女性の持つ可愛らしさを垣間見た気がした。

このところ、あまりしっかりしたものを食べていなかった。宿代が£5.00ほど予算より安くなったということで少し気安くなり、スパゲティを食べようとイタリアン・レストランに入る。

久し振りに夕食らしい夕食になり、とても満足して店を出たが、チップを置いていないことに気付き、急いで戻ってウェイトレスの女性に渡す。彼女は少し怪訝そうな顔をしてお礼を言ってくれた。

一応マナーは守ったものと意気揚々として店を出たが、よくよく考えると、渡したチップの金額が相場の5分の1に過ぎなかった。計算間違いをしたのだ。怪訝そうな顔の原因がよくわかったが、もう一度引き返すことはさすがにできずに、「今度来たときに」と自分に言い訳をして、その場を去った。

宿に帰って、女主人のGirさんとお話しをする。ダイニング・ルームに飾ってある写真。ご主人と二人の子どもたち。長男は私の息子と同い年くらいに見えたので年齢を聞くと「9歳半」とのこと。やはり同じで生年月日も近かった。

ご主人もご長男もラグビー・ジャージのようなものを来ていたので、「私と私の息子はラグビーをしていますが、お二人もラグビーですか?」と伺うと、「いいえ、シンティーというゲームよ」との返事が返ってきた。

シンティー(shinty)とは、スコットランドのハイランド地方に古くから伝わるスポーツで、ホッケーに似ているそうだ。ただシンティーの方は、スティックを腰から上でも扱うこと(つまり自由に振り回すこと)ができ、タックルなどが認められている、かなり荒っぽい競技とのこと。

顔などにもスティックが飛んでくるのでマスク着用が求められているが、ほとんどの選手は、「そんなしゃらくさいもの着けてられるか」という乗りで、素顔のままプレーするのだと言う。

「顔の怪我はないのですか」と聞くと、「そんなのはしょっちゅうよ。この間も息子が額を何針か縫ったわ」とこともなげに、笑顔で話す。「主人なんか、シンティーで何回か歯を折って、今じゃあ総入れ歯なのよ」とダメを押してきた。

「ハイランド男の魂というのは凄いのですね」と讃辞を送ると、「そうね、みんな確かに逞しいわね、でも最近は女の子も結構やっているのよ」・・・恐れ入りました。

-…つづく

 

第156回:私の蘇格蘭紀行(17)