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■ドレの『狂乱のオルランド』~物語の宝庫、あらゆる騎士物語の源


更新日2023/06/29 


 

ドレの『狂乱のオルランド』 


サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ


谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵


 

第 2 歌  騎士たちの大冒険

 


第 1 話:リナルドの大冒険

 

さて第1歌は、馬に乗って去ろうとするサクリパンテとアンジェリーカの前に剛勇リナルドが立ちふさがったところまででありました。

もちろんリナルドは、騎士ならば潔く正々堂々と勝負せよとサクリパンテに迫り、当然のことながら純情王サクリパンテもこれを受け、絶世の美女アンジェリーカを我がものとすべく互いに剣と盾を手に決闘を始めた。

どちらも名だたる騎士であってみれば、簡単に勝負がつくはずもない。双方渾身の力を込めての一進一退を繰り返し、激闘は延々と終わらぬかに見えた。

がしかし、互いに疲れが見え始めた頃、リナルドが、これならどうかとばかり、名剣フスベルタを高々と振りかざし、相手の兜めがけて振り下ろした。サクリパンテがその剣を自らの盾でしっかり防いだと見えたその瞬間、あろうことかその盾が、強烈な打撃を受けて粉々になって飛び散った。

それを見たアンジェリーカ、もしかしたらこの勝負、リナルドが勝ってしまうかも、そんなことになったなら、私の体はあの嫌なリナルドのものとなるのでは、と思った途端に全身に恐怖が走り、急いで馬を反転させると森の中へとまっしぐら。それほどまでにリナルドを嫌うのも、かの魔法の泉の水のせい。

やがて必死で逃げるアンジェリーカの行く手に、ラバに乗った長く白いひげを垂らしボロボロの修道僧のガウンをまとった年老いた隠者の姿。


2-1-01

  助けてくださいお願いです
  どうか海に抜ける道を私に教えてください。

アンジェリーカが年老いた隠者にすがれば、青ざめた表情の絶世の美女に乞われて隠者の心は、あっという間に姫の味方。


2-1-02


実はこのみすぼらしい姿をした隠者は何を隠そう呪術使い。何しろ、この隠者がガウンの下に隠し持つものは、この世に一冊しかない、あらゆることを可能にする魔法の書。

そんなに血相を変えていったい何から逃れようとされているのかと隠者が問えば、向こうで戦う剛勇の騎士リナルドの手から逃れるため、と答えるアンジェリーカ。

さようかと言うなり、やおら魔法の書を取り出した隠者が本を開いたその途端、中から現れたのは、どんなものにも姿を変えられるばかりか、どんな物語の展開をも自由自在に変えられる魔力を持った精霊が、従者の姿で現れた。

何かご用ですかご主人様と言う精霊に隠者は、そのリナルドとやらに新たな物語を吹き込めと命じた。さっそく精霊はフワリと消えて、延々と戦いを続ける二人の前に伝令の騎士の姿をして現れた。


  そこのお二人、何の因果で無意味な戦いを続けておられる。
  お二人を狂わせた姫なら
  ずいぶん前にオルランドが奪って去るのを見ましたぞ。
  どうやら今頃はパリに向かってまっしぐら。


それを聞いた二人、無用な闘いはこれまでと、さっさと剣を収め、サクリパンテは亡霊に言われた通り、比類なき勇者オルランドの兜を奪うために。リナルドも、もちろんオルランドに打ち勝ってアンジェリーカを手に入れるため。こうなれば双方一刻も早くと、奔馬バイアルドにまたがったリナルド、ただひたすらに愛の力、もしくは魔法の泉の力に導かれるままに、パリに行くには最短の、険しいピレネー山脈を越える山道の、中でも最も険しい道を選んでパリを目指した。


2-1-03


それにしても愛とはなんと難儀な力か。はたまた恋とはなんと理不尽で過酷な試練をもたらすものか。何度も妨げられたリナルドの恋路は、ピレネー山中でまたしても障害にぶち当たってしまった。

リナルドがまず出会ったのは、サラセン軍に追い散らされてピレネー山脈の奥深くにまで逃れていたシャルル大帝の部隊。リナルドの姿を見た大帝はこれ幸いと、サラセン軍の追撃に備えるため、さらには反撃を夢想して、イングランドのキリスト教徒の援軍を頼むために、奔馬操るリナルドを使者として、イングランドに行くよう命じたのだった。

 

命令を聞いたリナルド、またしても麗しのアンジェリーカにつながる縄をバッサリと断ち切られる思いがしたが、とはいえ、主君の命には進んで従うのが騎士たるものの義務。

さっそくピレネーを越え、あっという間にフラスンスはカレーの港に駆けつけて、一艘の船に乗り込んで船乗りたちに、イングランドを目指せと命じた。

しかし、そんなリナルドを待ち受けていたのはさらなる試練。船を出す前に船乗りたちが、この空模様では必ず嵐が来ます。嵐が通り過ぎるまで待ちましょう、とても船出はできません、と言う。

しかしリナルド、ここで時間を潰しては先を越されてしまうと焦り、有無を言わさず無理やり出発させたその船が、船乗りたちの言う通り大嵐に巻き込まれてしまった。

荒れ狂う海のなかでは人間の操る船など、なんの力もない。風神に帆を破られ海神にもてあそばれて、嗚呼、剛勇リナルドの運命やいかに……

さてこの続きは、第2歌、第2話にて。


2-1-04

…つづく


 

 

 back第2歌:騎士たちの大冒険  第2話:乙女騎士ブラダマンテ

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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第1歌 初めて歌われるオルランドの物語
 
第1話:アンジェリーカの逃亡
 第2話:騎士アルガリアの亡霊
 第3話:アンジェリーカとリナルド

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