サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 2 歌 騎士たちの大冒険
第 2 話:乙女騎士ブラダマンテ
さて、嵐に翻弄されたリナルドが、その後どうなったかを、皆さまお知りになりたいであろうとは思いますけれども、ただ、私としては第2話にて、一撃のもとにサクリパンテを打ち負かして、あっという間に姿を消した白馬の騎士、サクリパンテとは何者か、ということも、さぞかしお知りになりたいのではないかと推察いたす次第。そこで剛勇リナルドに関しましては、しばし運命を天にお任せすることにいたしまして、まずはサクリパンテについて、お話しすることにいたしましょう。
実はこの白馬の騎士ブラダマンテの素性は、何とアモーネ公とベアトリーチェ妃との間に生まれた女性、つまりはリナルドの妹。女性とはいえ、比類なき勇者オルランドと肩を並べる剛勇リナルドの妹であってみれば、剣を取っても槍を取っても、また馬を駆っても、全てにおいて傑出した女騎士。ところが鎧兜に身を固めた騎乗の姿からは想像もつかないが、しかしひとたび兜を脱げば、誰もがウットリと、一瞬にして心を奪われずにはいられない清廉な美しき乙女。しかもその心は、まっすぐにして白い百合の花のように清らか。
さぞかし騎士たちの憧れの的、数多の愛の告白を退けるだけでも大変と、そう思いきや、なんと乙女騎士ブラダマンテは実は、なんという運命のいたずらか、アフリカから攻め上ってきたサラセン陣営の凛々しき騎士ルッジェロが、闘うブラダマンテの姿に一目惚れ、合戦の合間に兜を脱いで一休みした乙女の姿にさらに心を射抜かれてしまった。
しかも、ほんの一言言葉を交わしたその時のルッジェロの一途で無垢な瞳の輝きにブラダマンテもまたたちまち心を奪われて、ルッジェロが敵陣へと去った後も上の空。もはやどこにも心休まる場所は無く、ついにルッジェロの姿を求めて、たった一人で旅に出てしまったのだった。
コーカサスの王サクリパンテと出会ったのはその途中。向こうの方から一騎の騎士がやって来るのを見て、もしやと思って愛馬に鞭打ち突進したのに、見れば騎士は想い人ルッジェロにあらず、ガッカリするやら悔しいやら、ルッジェロへの思いもさらに高まって、それらが見知らぬ騎士への怒りとなって一気にサクリパンテを出会い頭に突き飛ばし、そのまま打ち捨てて去ったのだった。
その後も、ブラダマンテはルッジェロを探し求め、森を越え谷を渡り、やがて清らかに水が流れ柔らかな陽が緑を慈しむ場所にたどり着いた。そこで目にした一人のうら若き騎士。まるで光を避けるようにして、茂った木の葉が影をつくるそのなかで下を向いてうなだれたまま。

女傑とはいえ、心根は優しいブラダマンテが、どうされたのかと尋ねれば、私はサラセン軍からシャルル大帝をお護りすべく、仲間を連れて馳せ参じた者ですと言う。ところが本陣に辿り着く前にこの山中で、背中に翼を生やした鷲の頭の空飛ぶ馬に乗った奇怪な男がいきなり現れ、片時も離れたくなくて連れてきた私の想い姫を奪うやいなや、そのまま空高く飛び去ってしまったのですと、騎士とは思えぬほど弱々しい声で言うのだった。
さらに続けて、どこに行けばのあてもなく、六日もの間、山を登り森を探したところ、切り立った崖の向こうの、さらに一段と切り立つ岩山の上に煌《きら》びやかな城が聳え立っているのが目に入ったのです。
一体全体どんな輝石《きせき》を誰がどうやって組み上げたものか、城は太陽の光を返して炎のように真っ赤に染まり、天に突き刺さるかのように聳え立っておりました。

岩山は険しく道もなく、城に行けるのはどうやら、あの宙空を駆ける天馬のみ。想い姫を助け出す望みも消えて私が途方に暮れておりましたその時、一人の小人を連れた二人の騎士が私の眼の前に現れました。聞けば一人は東の果ての絹の国の王、無敵の豪傑グラダッソ。一人はサラセンの国アフリカの宮廷の至宝、凛々しき騎士ルッジェロで、二人は天馬を操る奇怪な騎士の噂を東の果て西の果てから聞き及び、ともに力試しをすべくやって来たとのことでしたと言う。
それを聞いた乙女騎士ブラダマンテの胸に、たちまち灯った一縷《る》の望み。しかし、うら若き騎士はそんなことには気付かず話を続け、この二人の騎士が力を合わせて空飛ぶ奇怪な男を打ち負かしたならば、ついでに私の想い姫を取り戻してくれるかもしれないと思たのですが、、、
そこまで言うとうら若き騎士は、またしてもうなだれて地面を見つめるばかり。そんな様子を見てブラダマンテはうんざりしたが、そんなことより大切なのは、話の中にルッジェロの名前があったこと。それまで失意のあまり生気を失いかけていたブラダマンテの目が、たちまち輝き始めたのだった。
さて、この続きは第3話にて。
-…つづく