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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第405回:遠きキューバ、近きキューバ

更新日2015/03/19



プエルトリコに住んでいた時、周囲にキューバ人が多いのに驚いたことがあります。キューバ人といってもキューバ出身で、今は歴然としたアメリカ国籍を持つアメリカ人です。

大学の同僚の先生にもキューバ人一世が幾人もいましたし、当時住んでいたマリーナにも、キューバ出身者が持っているボートやヨットが十数隻はあったでしょう。彼ら、彼女らは一応に高い教養を身につけ、プエルトリコでは成功組みでした。いずれもカストロの革命の時に母国を逃げてきた人たちで、その後、三々五々、自動車のチューブを集めたような浮き輪の筏でフロリダに流れ着いた難民ではありませんでした。

プエルトリコに住むキューバ人と幾人と"親交"と呼んでいいくらい仲良くなりましたが、彼らに共通しているのは、強烈なアンチ・カストロ的態度です。カストロを悪魔呼ばわりする者から、精神的変質狂と決め付ける者まで、激しさの程度の差こそあれ、揃いも揃ってカストロ・キューバを毛嫌いするのです。バチスタ政権の時に、彼らは大地主、有産階級だった資産家で、特権を享受してきたクラスに属する人たちでした。

アメリカに住んでいるキューバ人一世だけで110万人、子沢山のラテン系のことですから、二世、三世となると膨大な数のキューバ系アメリカ人がアメリカにいます。その68%がキューバに一番近い州、フロリダに居を構えています。アメリカに住むキューバ人は非常に大きな圧力団体を組織し、アメリカのキューバ外交に影響を与えてきました。

彼らが主体になって"キューバとは国交を結ぶな、絶交状態を続けろ…"とキューバ虐めのキャンペーンを繰り広げ、それがアメリカの対キューバ外交政策になっていました。これは、私から観るとチョット不可解なやり方で、もしカストロ体制を崩したいのなら、どんどん交流しアメリカの消費文化の渦の中に巻き込むのが一番有効な手段だと思うのです。それが良いというのではもちろんありませんが…。孤立させておくと、何時まで経ってもカストロ体制が続いてしまうのではないかしら…。

最近、とても仲の良い日本の友達二人が相次いでキューバを訪れました。彼らに刺激を受けたわけではありませんが、私たちもキューバに行こうと、もう何年も話しています。ネックになっているのは、私のアメリカ国籍でした。アメリカ人はキューバ政府か、それに順ずる機関の受け入れ証明書がないと、大手を振って正門からキューバに行くことができないのです。これは100%アメリカのキューバ虐めの政策で、経済制裁の一環としてキューバでドルを使うと、アメリカで罰せられるのです。キューバの方ではドルを使ってくれる観光客は大歓迎なのですが…。

今年なってやっとオバマ大統領がキューバと国交正常化を打ち出し、2月9日に合意にこぎつけました。すでに、ヨーロッパ人、日本人は自由にキューバに行くことができましたから、遅ればせながらアメリカ人も仲間に加わったことになります。

日本やヨーロッパの国々と違って、アメリカはキューバの目と鼻の先だし、ブームになると洪水のようになんでもワッと派手にヤルことを身上としている国ですから、再来年までに200万人のアメリカ人観光客が、キューバに押し寄せる見込みだと言われています。

筆頭がクルーズの会社で、すでにキューバ周遊を謳い文句にした船会社が現れ、地元キューバの受け入れ態勢を整えつつあります。もちろん、パッケージツアーもたくさん出始めました。ナンセ、マイアミから1時間とかからずにハバナに着けるのですから。 一番近いキーウエストからキューバのマタンサまでですと、ほんの100マイル(160キロほど)しかありません。日帰りツアーができる距離です。

もうひとつ見逃すことができないのが、キューバの医療制度の質の高さに引き付けられた医療ツアーです。今までも、タイ、シンガポール、インドへの医療ツアーは盛んですが、キューバは比較にならないくらい近い国です。アメリカ中西部の人が、東部の病院に飛んで治療を受ける感覚で、ハバナの病院へちょっと手術を受けに行けるようになるのです。しかも 費用は何分の一で納まるのは確実ですから、すぐにもブームになると見込まれています。

キューバはまだアメリカの猛烈な資本主義の恐ろしさをよく理解していないのかもしれないと余計な心配をしたくなります。というのは、今までキューバにはアブラがなく、ソビエトにすがりつくように石油を譲ってもらっていました。産油国べネズエラもチャヴェス時代に盛んに石油援助をしていました。

いくら最高の葉巻タバコで外貨を稼いだところで、膨大な石油の代金を払うことなどできない相談でした。 

キューバには車を走らせるガソリンがない……それがキューバの泣き所だとさえ言われてきました。ですが最近、キューバ(海域)に膨大な油田と天然ガスが埋蔵されていることが判ってきたのです。すでに、スペイン系の石油会社Repsolとロシア系の会社Zarubezhnetが、海上に巨大基地を建てていますし、マレーシアのPetronasも海底油田の採掘を始めています。そこへ採掘権を巡って、すでにメジャーと呼ばれる恐竜のようなアメリカの石油会社が名乗りを上げています。余程キューバは締めてかからないと、利益をすべて持っていかれ、汚れた海と空気だけが残されることになりかねません。

昔のヨット仲間の合言葉は、"アメリカ人が大挙して押しかける前にキューバに行こう。 マクドナルドが一号店をハバナに開く前にキューバに行こう!"というものでした。大型クルーズシップが桟橋に並ぶようになったら、キューバももう御仕舞だというわけです。もちろんこれは、外国人がその国を観光の対象としか見ていない偏狭な態度なのですが…。

キューバ人自身がマクドナルドを選び、洪水のようなアメリカ的消費文化にさらされたとしても、それはキューバ人が自分たちの幸せのために決めることなのです。たとえそうだと分かっていても、なおアメリカナイーズされ、デイズニィーランド、ラスベガスのようになったキューバには行きたくないし、見たくない…と思わずにいられません。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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