第513回:地球は平らである~聖書至上主義
イギリス人には、バカバカしいことをユーモアに託して一見真面目に議論し、楽しむユトリがあります。“地球は平らである”という協会『国際地球平面協会(Flat Earth Society)』も会員が本気でそんなことを信じているわけではなく、ただ、“それじゃあ、お前は本当に丸い地球を見たことあるのか…”と反論し、地球が平らである、証拠?を数々挙げ、馬鹿話を楽しんでいるように見受けられます。でも、宇宙からたくさん地球の写真が撮られ、送られてくるようになってから、この冗談クラブ的な協会の勢いは衰えたようです。
今でこそ、歴史の1ページに過ぎなくなってしまった、キリスト教的天動説を覆すコペルニクスの地動説、地球は丸いと言い張ったガリレオ先生の見解は、当時、聖書だけを真実としていた教会のあり方を覆す、文字通り天地をひっくり返すような、宗教裁判になりました。 現在、小学生でも地球が太陽系の一つの星であることを知っています。
アメリカの公立の学校で進化論を教えてはならないと、法律で禁止している州があるのをご存知でしょうか。サルと人間が遠縁に当たるなど、とんでもない、そうなるとイエス様もサルの親戚になってしまうではないか、第一、聖書にあるようにアダムとイヴが全人類の始祖であるという“真実”が根源から崩れてしまうことになるし、聖書がウソを書いていることになるではないか…そんな、アンチ聖書的なことを学校で教えてもらっては困る…というのです。アメリカの恐ろしいところは、何でもクソ真面目に法律で対処しようとすることです。
ことの起こりは、少し古くなりますが、と言っても20世紀、1925年にテネシー州の高校の先生、ジョン・スコープス(John T. Scopes)が公立高校でダーウィンの進化論を教えたことに始まります。これを教条主義メソジストの人たちが、我が子がキリスト教から離れてしまうようなことを教えるのは違法だと火を付け、保守的なキリスト教徒から票を得ようとしていた、政治家ブライアン(William Jennings Bryan)がジョン・スコープス先生を訴えて出たのです。
この裁判は全米の注目を集め、喧々囂々(ケンケンゴウゴウ)の議論を呼びました。裁判は陪審員の判断に委ねられましたが、当然のことですが、集められた陪審員はその界隈の保守的な農夫や町の商店主たちで、それまでダーウィンの名前どころが進化論が何であるかも全く知らず、『種の起源』などナンノコッチャという人ばかりでした。
判決は学校で進化論を教えることはマカリならぬ、スコープス先生は有罪(罰金100ドル)に処するというものでした。そして、教科書から進化論が消えたのです。まさに中世の宗教裁判のように、スコープス先生はコペルニクスになったのです。「それでも、人間は類人猿から進化したのだ」とスコープス先生が有罪判決が下った後、コペルニクスのようにつぶやいたかどうかは知りませんが…。
この判例は即座に周囲の州に飛び火し、オクラホマ州、フロリダ州、ケンタッキー州、サウスカロライナ州も右へ倣えをしたのです。
このアンチ進化論法案が廃止になったのは1967年になってからのことで、それまで、公立の学校の教科書から、進化論もダーウィンも姿を消していたのです。
ところが、アメリカの暗黒の中世宗教裁判は今も続いているのです。1999年にカンサス州の教育委員会は反進化論を支持し、教科書からダーウィンを再び消し去りました。滑稽なのは、中世に宗教裁判を司った、カソリックでは1996年にローマ法王ジョン・ポール二世が進化論を認めているのです。
イギリスの新聞『ガーディアン』によると、アメリカ人の45%は、人類が1万年前に神により創造されと信じているとあります。アメリカ国内においてすらで、4、5万年前の人骨が見つかっているし、アフリカで発見され、ルーシーと名付けられた人骨は318万年前と確定されています。ヨーロッパアルプスで発見されたアイスマン”エッツイ“は5000年前と科学者によって認められているのですが、そんな聖書に登場しない”事実”はありえないことだと、半数近くのアメリカ人は信じているのです。
アメリカが一神教的、保守右寄りになっていく土壌はこんなところにも良く見えます。
進化論が正しいか、間違っているかを判断するなら、科学的に議論する必要があるはずですが、問題はダーウィンの進化論ではなく、“聖書に書いてあることに反するか否か”だけが判断の基準なのです。聖書に書いてあるから、議論の余地はない、子供たちの信仰を危うくするようなことを学校で教えることは容認できないということだけが趣旨で、進化論云々ではないのです。もっとも、進化論を教えてはならないという禁止令は税金で賄われている公立の学校に限ったことではありますが、教科書から進化論を削り、教えてはならないというのは、それにしても余りに中世的な発想です。
こんなところに、自分だけが正しく、他はすべて間違っているとする、アメリカ的否寛容の恐ろしさがあるように思えます。
そのうち、ニュートンの万有引力の法則も、教条主義的キリスト教徒は、聖書では蛇が誘惑してリンゴをイヴに食べさせた、リンゴが自分の重さで落ちたのではない…とやり始めるかもしれませんよ。
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