第767回:イノセンス・プロジェクト、冤罪のことなど
第763回「スポーツとセックス・チェック」のコラムで、元男性のリア・トーマス(Lia Thomas)選手が水泳の女子分野で大活躍をしていることを書きましたが、全米大学水泳連盟は2022年07月20日付けで、性転換した選手を、狙いは元男性で女性になった人ですが、全般的に女性選手のカテゴリーに入れないことを決定しました。12歳未満で性転換を行なった者は例外として認めることとしているのは、12歳未満だと性的徴候が現れる前で、生まれつき両性の特徴を備えた特殊な体質の子供の性を、両親とお医者さんがどちらかに決めるケースがあるからだそうです。
この決定は、体育連盟に大きな反響を呼び、今のところ個人競技の陸上などが賛成していますが、バスケット、サッカーなどの団体競技の連盟は、主役のスターが女性に変身した元男性選手ですから、素直に12歳前に…という条件を呑んでいません。そんなことをしたら、アメリカ常勝の女子バスケット、サッカーが一挙に沈み込むからでしょう。
アメリカ人、元男性の巨人、ゴリアテのバスケットボール選手に対して、日本人の小人がチョコマカ動き回る、不自然な試合が早くなくなり、対等の試合を早く観たいものです。
セックス・チェンジの追跡コラムとして書いてみました。新聞、テレビのニュースであまりにも、その場限りの“受け”を狙った記事が多く、その後のフォローアップ(その後どうなったか)がないのに不満を持っていましたから、私はそんなことはしないと、少しばかり追ってみたのです。
冤罪のこと、Innocence Project(無実の罪救済企画)のことは以前書きましたが、嬉しいことに、最近、長年牢に繋がれていた人が続々と釈放されています。これには『黒人の命、人生も大切だ』運動(Black Lives Matter;BLM)が広がりを見せてきたことが大きく関わっているでしょうし、またこのイノセンス・プロジェクトが一般に知られ、評価されてきたことがあるでしょう。
そして、数々の賞、ミルトン・フリードマン賞、二つのウェビー賞(記録映画『最も幸福な瞬間』で)、また、最高の人道的サービス賞などを受賞しています。
この1992年に二人の法学生が始めたイノセンス・プロジェクトは、当初、ユダヤ人のニグロ・ラヴァー(黒人運動に共感を抱く白人)がおかしなことを始めた程度に受け取られていたようですし、黒人運動のグループからも白い目で見られていたようです。
今では、年に2,400件を扱っていますが、6,000人から8,000人の囚人が無罪を訴え、イノセンス・プロジェクトに取り上げてもらうのを待っている状態です。
面白いのは、イノセンス・プロジェクトが取り上げたケースの43%はDNA鑑定などで無罪となりましたが、42%は逆に有罪と確定していることです。囚人の90何%は、俺は、私はやっていない!と言い続けるのだそうです。
国家冤罪統計局(The National Registry of Exonerations)によると、冤罪の61%は黒人、8%はラティーノと呼ばれている、メキシコ、中南米系のアメリカ人です。これは人口の比率、アメリカの白人、黒人、ラティーノの比率に比べて異常に高い数値です。
これは、犯人逮捕、裁判で証人が間違った証言をしている、間違いというより、初めから偏見という色眼鏡を通して事件、犯人を見ているので、検察側の言いなりになっているからでしょう。これが69%のケースに当てはまります。
2番目は初動捜査のまずさです。とりわけ南部では、犯人と思われる黒人を強姦、殺人などの容疑で逮捕する際、その黒人に軽犯罪の前科がある場合、警察は彼が犯人だと決めてかかることがあります。初めからそう思い込んで捜査するのですから、証拠も、証人も、その黒人の有罪を示すものばかり集めることになります。真犯人を探すべき捜査が、その黒人に罪を擦り付けるための証拠集めになってしまうのです。それが冤罪の52%も占めています。
3番目に多いのは、自白の信憑性、容疑者に前科がある場合に多いのですが、この供述書にサインすれば、お前の刑を軽くしてやる…などの甘言に乗せられてサインしてしまうケースです。それが自分の命取りになるとは知らずに、誘導尋問に乗ってしまうのです。もっとも、警察の方も、早く事件にケリをつけようと、厳しい取り調べを行い、容疑者を心理的に追い詰めるあの手この手を使いますから、法的な知識のない、意思の弱い容疑者が、取調官が書いた告白書をよく読みもせずサインしてしまうのです。これが後でとんでもない罪を被ることになるとは知らずに…。こんな冤罪ケースが、冤罪全体の26%に及びます。とりわけ、この半ば強制されたニセの自白は黒人に多く、元々、字を満足に書けない、読めない層の人間に多く見られます。これは明らかに人種偏見に基づく捜査で、イノセンス・プロジェクトでも受刑者の供述を翻し、無罪そして釈放に持っていくのが難しいケースだそうです。
もう一つ、信じられないことですが、さもありなんと思わせるのが、警察、捜査官が証拠を現場に植え、残し、犯人をデッチあげるケースです。それはニセの証人をも作り、証言させます。早く言えば、官憲がある特定の好ましからざる人物を陥れるために作り上げるでっち上げです。これが17%にまでなります。
おまけに、裁判での陪審員の人選にも大いに問題があります。一昔前のアメリカ南部の州で、容疑者が黒人、陪審員12名が全員地元の白人となると、初めから有罪は決まっているようなものです。何度観ても感心させられるシドニー・ルメットの映画『十二人の怒れる男たち』は、陪審員制度の問題点をよく観せてくれます。
私も一度だけですが、この大学町でのドラッグ絡みの殺人事件の陪審員を務めたことがあります。現在、コロラド州の私が住んでいるメッサ郡の裁判は、こんなドラッグの販売人の裁判にまで、こんなに時間とお金をかけ、慎重な上にもさらに慎重な公判をするものかと感心する以上に呆れ果てるくらいでした。陪審員選びの過程も検察、弁護の両サイドが立ち会い、12人を選ぶのに恐らく200人くらいは呼び出し、面接していたのではないかと思います。
大変な額の税金を使っても、時間がいくらかかっても、慎重に判決を下す必要がある…と強く感じました。私が他の人の人生に対して、大きな判断、決定を下す権利があるのか、できるのか、とても不安でしたが、幸いコロラド州は死刑が廃止になっていましたから、有罪に投票するのに抵抗はありませんでした。
しかし、犯人自身、彼の家族、仲間は何という生活を送って来たのでしょう、子供の時から、犯罪者になるべく環境で生きてきているのです。スキンヘッドに刺青だらけの犯人と間近に対面し、彼が25年の刑期を終えた後でも、一体、どんな人生を送ることができるというのか考えさられました。でも、それは冤罪とは別の問題ですね。
現在、アメリカの監獄に繋がれている囚人の2.3%から10%は(随分開きがありますが、ニュースソースにより見方が相当違うのです)冤罪だと言われています。完全に冤罪をなくすることは不可能に近いのでしょうけど、それにしても、膨大な数の人が無実の罪で牢屋に入っていることに驚かされます。
二人のユダヤ人法学生が始めたこの運動、イノセンス・プロジェクトは、アメリカだけでなく世界的な広がり、活躍を見せています。
-…つづく
第768回:歳をとるのは悪いことばかりではない…
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