第701回:銃を持つ自由と暴力の時代
また、大量殺人事件が起こってしまいました。
毎週のようにアメリカのどこかで起きている無差別の銃殺事件の一つなのですが、今回のは、私たちが元住んでいた大学町ボルダー(Boulder)、そこのコロラド州立大学で働いていたのですが、しかもよく利用した馴染みのスーパーマーケット『キング・スーパーズ』(King Soopers)で10名が射殺されましたから、身近な事件に感じられるのです。犯人は足に負傷し、その場で逮捕されました。
今回のスーパーマーケットでの乱射事件は全米に大きなショックを与えたとは言え、アアまたかという感じです。銃規制をもっと厳しくすべきだという論評がマスコミに載りますが、デンヴァーのコロンバイン高校銃乱射事件(1999年、高校生と先生13人死亡)、マサチューセッツ、サンディフック小学校銃乱射事件(2012年、26人死亡)、近いところでは2018年、フロリダ州のパークランドのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件で17人死亡と大きな事件が起こった後で必ず、銃規制が政治問題になります。
先々週起こった、アトランタのアロマセラピーで働く8人の女性を殺害した事件は、アジア系の女性が大半でしたので、コロナ危機と同時に流行り出したアジア人に対す“ヘイト・クライム”(人種や宗教への偏見に基づく憎悪犯罪とでも呼べばいいのかしら…)の観点から取り上げるマスコミが多く、あんなところ、マッサージ・パーラー(実情はわかりませんが、怪しげなマッサージをし、売春スレスレのセックスサービスをしているとみなされています)で働いている女性たちだから、フツーのアメリカ人でない、あんなところに近寄らなければイイ…という感覚があります。
ですが、今回のボルダーのスーパーマーケットは、フツーのアメリカ人が日常的に食料品を買いに出入りするところなので、より身近に感じられるのでしょう。きっと、いつも使っているスーパーだ、あの事件の1時間前に私はあそこで買い物をしたといった近親感、自分も何時そんな災害に遭うかもしれないという危機感があるように思えます。
人の命の価値に差があるはずはないのですが、アトランタの事件はボルダーの事件にかき消されてしまったようなのです。人は明日は我が身という感情に弱いのです。
このように繰り返される銃による大量殺人事件をNRA(National Rifle Association;全米ライフル協会;銃規制反対派で最大の政治献金をしている圧力団体)はどのように捉えているのかを知るため、図書館でガンマニアの雑誌を覗いてみることにしました。銃保持自由、大賛成派の意見も聞いてみよう、観てみようと、ゆとりある鷹揚な態度をとってみたのです。
イヤハヤ、驚きましたね~。その手の雑誌の多いこと多いこと。代表的なNRA公認の雑誌、『American Rifleman』と『American Hunter』の2種類を眺めました。両方とも似たり寄ったりで、大半をライフル、ピストル、銃弾(タマ)の宣伝が占め、後は銃を改造するためのキット、銃のテストレポート、読者からの手紙などなどで、代わり映えがしません。両方に共通しているのは共和党支持、右翼の論評で、“民主党はいかに我々から自由を奪おうとしているか…”、もっともこの場合の“自由”とは銃を持つ自由、すなわち自分を守るという名の下に人を殺す権利、自由のことですが、アメリカ的自由、銃を持つ権利を守らなければ、アメリカの民主主義は潰れる……てな調子なのです。
極右のグループでアウシュヴィッツ、ホロコーストなど存在しなかった、あれはすべてユダヤ系のマスコミが作り上げた虚構だと信じている人たちがいます。この人たちは、アメリカで繰り返されている大量殺人事件はウソだ、実際に起こった事件は非常に小さく、死んだ人も少ない、取るに足らない事件を針小棒大に誇張して報道している…と、本気で書いているのには呆れてしまいました。そんな人たちを、今回のボルダーのスーパーマーケットで殺された人たちの遺族に会わせてやりたいものです。
テレビのチャンネルにも、右翼、銃規制反対、銃を持つ自由を守る専門の番組ばかり放映している『BlazeTV』というのがあります。銃規制をしようとしているグループ、平和団体がいかにウソ、間違った情報に踊らされているか、憲法で保障された権利をいかに侵そうとしているか、などなど、強い口調で訴えています。そんな人たちのグループが、トランプの扇動に乗り、今年の1月6日、前代未聞の国会乱入事件を起こしたのです。
アメリカにはテレビに4大チャネルがあり、いずれも商業主義ですが(ほかにCNN、PBS、BBC Americaなどがありますが)その中の“FoxTV”ははっきりと右寄り、共和党支持を打ち出しています。大のトランプ信奉者たちが番組をつくっています。
私の周りに、大学の先生たちや友人、親兄弟は皆揃いも揃ってアンチ・トランプの民主党支持者ばかりですから、いったい反対派の右寄りの人たち、銃規制なんかするなというグループの意見を聞くことがほとんどなく、そんな友人もいません。ですから今回、2種類の雑誌を観て、こんな人たちがいたんだ、ただ熱狂的な鉄砲大好き人間がアメリカに充満してるんだ、と憤るより先に呆れ果ててしまいました。
アメリカ人は“民主主義”、“自由”という叫び声にメッポウ弱く、それだけお題目のように唱えていれば他のことなどどうでも良くなってしまう傾向が強いのです。
現在、州によって銃規制の強さは異なりますが、銃を正規に購入する時、二つのチェックが行われます。一つは精神病の前歴で、もう一つは逮捕歴の有無です。このバックグラウンド(前歴)チェックは全く表面的、公式的なものです。精神病医が出す証明書など、自己申告に近く、その時点で異常がなければOKが出ます。逆に、鬱病の薬や精神安定剤を呑んでいる人は、全人口の半分以上になるのですが…。逮捕歴の方も、はっきりと銃火器を使った犯罪を起こし、実刑を食らっていなければOKなのです。それに、そんな面倒な手続きは銃砲店、スーパーの中の銃器カウンターで代行してくれます。
そうでなければ、質屋に行くか、新聞やインターネットの売りたし、買いたしの欄に宣伝がゴマンと出ており、個人的売り買いにはそんな規制が及びませんから、実際には野放し状態なのです。日本の観光客の皆さん、大変な種類、数の鉄砲、機関銃、ピストルが自由に購入できますよ。なにせ、メキシコのドラッグ関係の方々まで、アメリカに鉄砲ショッピングにやって来るほどですから…。
日本への持ち込みは非常に厳しく、不可能に近いそうですから、代わりにNRAの保証書付きトランプ元大統領の銀コインはいかがでしょうか? 何十年後に史上最悪の大統領の評価が固まり、案外高値がつくかもしれませんよ。
今回のボルダーのスーパーマーケットの大量殺人を契機に、銃規制が強まることを願っていますが、実際にはほとんど期待していません。2000年以降に、小学校から大学までの校内で起こった銃撃事件は数えてみたら316件もありました。これはあくまで学校内で起きた事件に限った数字です。今回のようなスーパーマーケット、マッサージ・パーラー、家庭内暴力、黒人への無差別銃撃、ドラッグ関係の殺し合いなどは天文学的な数字になるでしょう。
これからも、次々と同じような事件が起こることでしょうね。右翼団体は“銃そのものは悪くない、使う人が問題なだけだ”とのすり替え理論を展開します。それを言うのなら、ヘロイン、コカイン、メタンフェタミン(メス)などは悪くない、使う人間の問題だ…ということになるのですが…。
アメリカから鉄砲、ピストルをなくすには、秀吉さんを墓から呼び起こし、刀狩りならぬ、鉄砲狩りでも慣行してもらわなければ、決してなくならないでしょうね。
-…つづく
第702回:命短し、恋せよ、ジジババ
|