第22回:"ドイツ女性はラテン系のマッチョがお好き"
『カサ・デ・バンブー』を売らないかと言ってきたオスカーには、やんわりと、しかしはっきりと断ったつもりでいた。第一、私はここがとても気に入っていたし、大家のゴメスさんが私以外の人間にこの場所の使用権を譲る可能性はなかった。
ところが、ある日、年増風(当時、私はまだ30歳前だったから、トシマの基準は30歳で、それ以上は、全員が年増か大年増のカテゴリーに入れていた)のドイツ人女性が二人やってきて、オスカーがここを紹介してくれた、なるほど素晴らしいロケーションだ、でも車をどこに停めたら良いのかしら、ここならもっとドイツ人好みの料理を出せば繁盛するなどと言いながら、ワインを一瓶取り、長居した。
この二人、ハイジ(アルプスの少女とは180度異なる大づくりの40代)とデニース(こちらも若くはないが中年になる前ギリギリのところで女らしさを保っていた)は、「また来るわね…チャオ!」と、第一ラウンドの視察を終えたのだった。
ドイツで小銭を作り、何をするにも簡単で安楽そうに見えるイビサで何らかのショーバイを始めたい人はゴマンといた。そこにオスカーの存在価値があった。
その後、この二人組は市場調査というべきか、私の気が変わるのを待つように何度もやってきた。ギュンターとも何度か顔を合わせ、3人で時折オスカーを加えた4人で、大いに歓談していた。
ハイジとデニースが引き上げた後、ギュンターはすぐにカウンターに寄ってきて、あの二人、相当お金を持っていることは確かだけど、ハンブルグで何をやっていたか知っているか? 怪しげなクラブで売春婦みたいなことをやっていたんだぞ、サカリのついた日本のオッサンたちは最高のカモだったとバカにしていたぞ…と、知りたくもない裏話をしたのだった。
当時の私は、そんな日本人の脂ぎったスケベなオッサンからなら幾らでも絞れるだけ巻き上げれば良いと思っていた。その種の同国人に対して、全く同情などはしていなかった。
ハイジはポーランドから、デニースはルーマニアからの移民だということも知った。ギュンターのゴシップ、噂好きの面目躍如たるところだ。私は彼女らがどこで、何をしてきた、どうやってお金をつくったかなどはどうでも良いことだと思っていたし、第一、『カサ・デ・バンブー』を譲る気などサラサラなかった。
オスカーの虚実こもごも交えた情報をもたらしてくれたのもギュンターだった。ギュンターの情報筋よると、オスカーはオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)に収容されていたユダヤ人を対象にした相当な金額の保証と年金を貰っており、カナリア諸島、マルベージャなどで怪しげな取引に絡み、スペインの官憲に睨まれているなどなど…ということだった。

午後のイビサ港前のレストラン街
夜はテラスが机と椅子でギッシリと埋まる
その後、2、3年経った頃、ハンブルグの女性二人は、それぞれスペイン人のボーイフレンド、そうなのだ、デップリと太った大女のハイジでさえ、チョビ髭を蓄えた鉄工場の親父、ホアンと良い仲になり、デニースの方は旅行業に絡んだ仕事をしているミゲールとぞっこんになった。イビサでケチな仕事をするより、多少金回りのよいパトロンを見つける方が容易だったのだ。
4人連れ立って『カサ・デ・バンブー』に来てくれたことがあった。大女のハイジと骨格は頑丈だが小男のホアン、それに190センチはあろうかというミゲールと、チョット崩れた妖婦風のデニースは、奇妙な組み合わせだった。ホアンには奥さんも成人した息子、娘、孫もいたはずだった。
確か、その時だったと思う。ハイジが会計をしにカウンターまできて、オスカーがどうなったか知ってる? あれ? 知らないの…と、オスカーがスペインの警察から逃れるようにドイツに帰ったら、飛行場で即逮捕されたことを教えてくれたのだ。
オスカーは彼女たちからも、何がしの手付け、口利き料を前金で取り、そのままだった。彼女たちはまだ良い方で、相当な契約金を巻き上げたことが何件もあり、被害者たちは結託し、オスカーをスペインとドイツの警察に訴えていたというのだ。彼女たちの被害額は小さかったけど、多い人は何万マルクを巻き上げられたというのだ。こうした話は、口を経るごとに大きくなるものだが、総額はギョッとするくらいの金額に及んでいた。
オスカーにすれば、俺を散々な目に遭わせたヤツラから、少し払い戻して貰っただけだ…ということになるのだろうか。地獄を体現してきたオスカーが、現代ドイツの拘置所くらいでメゲルことはないだろう。またいつかイビサに戻って来て、ここに顔を出してくれたら、ビールかコニャックでも奢ってやろうかと思ったほどだった。

イビサ族、ヒッピーマーケットにて(本文とは無関係)
ハイジとデニースは、毎年、ヴァカンスをイビサで過ごすイビサ組になり、その都度『カサ・デ・バンブー』に立ち寄ってくれた。ハイジは一度、アラブ首長国連邦の水大臣(そんな役職があるのだろうか?)を連れてきたことがあった。
身に着けているモノすべてキンキラ金ずくめの中年アラブ男に、ハイジは自分の歳、容貌をわきまえずイチャツイテ(下品な言葉だが、これ以外に表現のしようがないのだ)いた。昔の相思相愛の恋人に年を経て出会った風なのだ。
このアラブの大金持ちは、私をはじめ、洗い場のカルメン叔母さん、ウェイトレスのアントニアに、手の切れるような100ドル札、一枚ずつチップを置いていったのだった。その当時の100ドルは非常な大金で、彼女たちの半月分の給料くらいに相当したと思う。
デニースの方は妊娠し、大きなお腹をさするように、次には乳飲み子を抱えて、その次にはグングン大きくなっていく女の子を連れて、毎年のようにやってきた。クラウディアと名付けられた赤ちゃん、少女は、スペイン人ミゲールとルーマニア人デニースの良いとこ取りをした、それは可愛らしい綺麗な少女に成長していった。
ミゲールは、デニースが妊娠したと知った時に去り、彼女はハンブルグに帰り、暮らしているということだった。どうやって食っているの?と訊いてしまってから、そんなことは口に出すべきでなかったと後悔した。
デニースは心なしか顔を下げ、「また、前の仕事に戻るしかないでしょう。ナイトクラブよ。クラウディアは私の母親のところに預けているの…」と呟いたのだった。
-…つづく
第23回: ヒターノは踊る その1
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