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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第572回:SL銀河3日前 - 三陸鉄道南リアス線 三陸駅~釜石駅 -

更新日2016/01/14


海が遠ざかる。列車の速度が増す。やっぱり列車の旅がいいな、と思う。広い。くつろげる。一定の速さは車窓を美しく流してくれる。バスではこうはいかない。BRTは地元の人々には便利だ。しかし、遠くから訪れて、旅先の景色を眺める用途には向かない。BRTは人を呼べない。

窓枠下側の端に金具が付いている。両手を広げて指で挟んでぐいっと持ち上げる方式。窓を開けたいけれど、きっとまだ風が冷たいだろう。次に来るときは、冷房が入る前。風を受けて気持ちよくなる時期がいい。

集落の風景をトンネルに遮られる。このあたりは山の嶺が小さな半島となっている。人々の生活は湾の奧にあり、線路はそれを直線で結ぶ。駅と湾の名が同じ。湾の街、トンネル、湾の街。それが三陸鉄道の風景であり、リアス式地形と人々の関わり方であろう。


海と街が遠ざかる

トンネルを出ると、田畑が広がる。遠くから水面の輝きが近づく。山側の車窓に白くて長いコンクリート橋を建設中だ。高速道路ではなく、国道45号線を高台に移設するための橋である。列車は速度を下げて、付近の観光案内を放送する。次は吉浜駅。特産物はアワビ。吉浜をキッピンと読んで、キッピンアワビというブランドである。恋し浜はホタテでこちらはアワビ。老いた母は貝が好きだ。教えたら、すぐにでも追いかけてくるだろう。携帯電話は鞄の中にしまい込んだままだ。

トンネルが場面を切り替えて、唐丹駅に付く。今度はウニかと思ったら、駅名標には「鮭のふるさと」とある。案内図によると、片岸川に鮭が遡上するようだ。この駅から岩手県釜石市である。プラットホームが新しい。発車するとすぐに片岸川を超える。プレハブの建物がいくつか。仮設トイレが寄り添う。このあたりの築堤も法面が新しい。駅ごと流されたようだ。


復旧工事と鮭が上る川

トンネルに入る。少し長い。出たところで風景がかなり変わった。平地が建物で埋め尽くされている。いままでの民家の少なさに比べたら、ここは大都会である。色とりどりの屋根の海。その向こうに白い観音像が建っている。地図を調べた。釜石大観音。続いてネット検索。昭和45年に曹洞宗のお寺が建立したという。曹洞宗は禅宗である。観音像は立っている。立禅という修行もあると聞く。

この街の駅は平田である。へいたと読む。駅名標に「いさり火大観音」とあって、観音像のイラストも添えられていた。隣の案内図にはヒラメのような絵がある。そこは岩手県水産技術センターで徒歩15分。駅名標の海産物シリーズに、ヒラメは加えられなかったようだ。


遠くに釜石大観音

平田駅でほとんどのお客さんが降りた。ひとつ手前の唐丹から乗った人も降りる。カメラを持っているから、フリーきっぷで全駅訪問を楽しんでいるようだ。高台のホームから遠くに水面が見える。しかしこれは平田湾ではない。釜石湾である。

列車が動き出す。平田駅の手前では、屋根に埋め尽くされたように見えたけれど、近づいてみれば空地、更地、基礎工事中の区画も多い。道路脇に飲料の自動販売機が並んでいて、そのうちのひとつの背中に"つりえさ"と書いてある。あれも自販機だろうか。


空地や基礎工事の区画も見える

列車は長いトンネルに入った。次が終着の釜石だから、最後のトンネルになるはずだ。釜石といえば製鉄。工業と港湾という印象がある。しかし、トンネルを出た景色は予想を裏切った。広大ではあるけれど、市街地ではない。コンクリートガラス張りの高層ビルと、その近くに肌色の低いビル。他に建物がない。青いショベルカーが盛り土を崩し、平地を馴らしている。


更地化した釜石市街地

道路に区切られた土地は建材置き場か駐車場。区画整理工事のようだ。いや違う。区画整理だとしても不自然すぎる。これは、コンクリートの建物以外はすべて破壊されたとみるべきであろう。川の向こうもほぼ同じ様子。川には橋がふたつ並んでいて、ひとつは新設工事中である。たぶん、いま使っている橋は仮設、あるいは当座しのぎの修理をしただけなのだろう。

瓦礫だらけの爪痕を片付け、ようやく更地から始まるという状況だ。私はまた最後部に立ち、遠ざかる景色を眺めた。赤い立派なトラス橋が並ぶ。蛇行する大渡川を渡るために、高架とトラスが連続している。かなり立派な姿で、さすが鉄のまちだと思わせる。この橋は流されなかったけれど、地震のショックで橋脚が屈折した。修理するまで列車は通れなかった。人々はこの高架橋を歩いて往来したそうだ。


鉄の街を象徴するトラス橋

列車の速度が下がった。釜石駅に到着だ。座席に戻る。広大な駅構内。ここはもともと、JR東日本の釜石線、山田線、三陸鉄道南リアス線の3本が接続する駅だった。このうち山田線の釜石と宮古の間が未復旧である。

JRのディーゼルカーが3台いた。その奧にも何かある。確認しよう。プラットホームに降りて、進行方向へ歩いて行く。仕事を終えた運転士さんが降りてきた。「こんにちは。お疲れ様です」に「今日はSLも来てますね」と返された。

今週末にデビューするSL銀河の機関車である。三陸鉄道のホームからは近づけないから、改札を出て見物しよう。地下道をくぐり抜け、改札を出て、駅前ロータリーを右へ。線路際にはSL銀河用の青い客車も停まっていた。釜石線は未乗である。SL銀河で旅してみたい。


三陸鉄道南リアス線の釜石駅

シープラザ釜石というショッピングセンターがあった。正面は道路側。開店は午前9時。まだ開いていない。建物裏の線路側にデッキがある。本来は非常通路だろう。ここから駅構内を見渡せた。SLの車庫も、三陸鉄道のホームとは異なる角度から見えた。ただし、機関車の正面は無理だ。機関車の向こう側の転車台を確認できた。あそこへ行く道はないかと地図サイトを調べる。いったん川に降りて、岸から上がる……かなり遠回りだ。JRのプラットホームから行けそうだけど、ふだんは立ち入り禁止のはず。残念だ。

いったん三陸鉄道の駅舎に戻る。三陸鉄道釜石駅の駅舎内に営業再開記念の花が飾られている。そして鉄道模型のジオラマがある。釜石駅と平田駅あたりを再現したようだ。車両は三陸鉄道と国鉄型が多く、なぜかトワイライトエクスプレスもあった。走らせる人はいない。かなり移動しているけれど、まだ08時30分を過ぎたばかりである。


SL銀河の客車。実際はディーゼルカーでSLと協調運転する


SLは車庫の中

大きな街に来たことだし、もうすこし歩きたい。しかし、次に乗るバスの発車時刻が近づいている。私はバス停のベンチに座った。正面は新日鐵住金の釜石工場だ。明るいグリーンの建物が鎮座する。平日だが静かである。防音に配慮した建物かもしれない。

釜石駅の訪問は初めてだ。しかし、私は過去にこの工場を訪れている。大学生の頃だ。叔父が工場の検査機器を輸入販売しており、線材ラインに設置するためにやってきた。叔父のクルマに叔父と機械を載せて、私が夜通し運転した。免許を取ったばかりで運転が楽しかった。その気持ちを利用されたわけだけど、楽しいしお小遣いももらえて良かった。

そういえば、あの時、新日鐵と私たちの間を取り持った小さな商社にかわいい女性がいた。私より年下と思われたけど、社会経験のある女性だから年上に見えた。商社の小太りのおじさんも、女性も、お元気だろうか。もう30年も前の話である。


大船渡線は不通
この頃、JR東日本が三陸鉄道への移管を提案したばかり

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

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