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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第629回:駅弁のあとで昼寝 - こまち14号 3 -

更新日2017/05/11


10時13分。“こまち14号”は田沢湖駅を発車した。駅名に由来する田沢湖は線路から離れているため車窓から見えない。田沢湖は中学校の修学旅行で立ち寄ったはずだけど、景色を思い出せない。湖畔から列車が見えたら思い出になったと思う。なんとなく、辰子姫の像は見た気がする。

辰子姫は美しい姿を永遠に保ちたいと観音様に願った。観音様の勧めに従って泉の水を飲むと竜の姿に変わり、田沢湖の主となった。辰子の母は娘を探し、竜に変わった姿を見て嘆き、松明を湖に投げ捨てた。すると松明は魚に変わって湖の奥へ消えたという。この魚が国鱒といって、田沢湖にしかいない魚だった。

現在、田沢湖で国鱒の姿は確認されず、絶滅したと思われていた。しかし、山梨県の西湖でさかなクンが発見して話題になった。過去に田沢湖で採れた玉子を放流していたという史実も明らかになった。さかなクン、すごいな。そういえば、イギリスの海底探査の特集番組で、海底に得体の知れない魚がいた。探査機の乗組員が言った。
「SAKANA-KUNなら知ってると思うよ」


信号場で下り“こまち3号”と交換

10時20分。列車が停止した。すれ違いだと放送された。駅ではなく信号場だ。しばらく待っていると下り“こまち3号”が来た。田沢湖と隣の赤渕は18kmも離れており、途中で2ヵ所の信号場がある。新幹線のために作られたわけではなく、田沢湖線の輸送力を増やすために、昭和41年に作られた。その設備が新幹線に活きている。

どうせすれ違うなら田沢湖駅にすれば客扱いも兼ねられる。ここで停車するよりスピードアップになるはずだ。そうしない理由は、やはり大曲のスイッチバックではないか。大曲がこまち全列車のダイヤを決める。そうなると、こまちと併結する“はやぶさ”も“こまち”のダイヤに合わせているかもしれない。はやぶさのダイヤが決まって、東京発着の新幹線のダイヤが組まれる。東日本の新幹線は、大曲が鍵になっているといえまいか。すごいぞ大曲。


まもなく盛岡、普通列車用線路は下へ

山間部の車窓が続く。木々は緑色を取り戻し、雪は地面だけだ。車窓の手前に小さな川が見えて、川幅が狭くなっていく。長いトンネルを通りぬけると、また小川が見える。しかし水の流れが逆だ。岩手県に入った。清らかな雪解け水。時々、線路の下を潜っていく。水面の岩に当たって白い波が立つ。ああ、掬って飲みたい。日差しが強く、車内の温度が高くなっている。10時35分。雫石駅。今の気分にピッタリな名前。

雫石停車の次は小岩井駅を通過。断食道場の看板を見つけた。ダイエットを商売にするとは、たいへんな商売があるものだ。小岩井と言えば、私にとっては乳製品で有名な小岩井農場がある。小岩井は当地の元々の地名ではなかった。1891(明治24)年に小岩井農場ができた。そのあと、1921(大正10)年に田沢湖線の前身となる軽便鉄道の橋場線が作られ、小岩井農場の最寄り駅として小岩井駅が開業した。


盛岡駅手前で一時停止

小岩井の小は日本鉄道副社長の小野義眞、岩は三菱の二代目岩崎弥之助、井は鉄道庁長官の井上勝であった。農場発案は井上勝。その心に、鉄道建設のために田畑を潰したという悔恨があったという。そんな逸話を知る前に、私の子どもの頃は“小岩井のレーズンバター”で有名な農場であった。バターはパンに塗る調味料だと思ったら、干しぶどうを入れてお菓子にしてしまった。そんな驚きを覚えている。

山が遠ざかり、平野に入った。田畑の広がり、高速道路を潜ると人家が増えてくる。高架線に上がり、盛岡駅が見えた。線路が分岐して複線になったと思ったら、隣の線路は下へ降りていく。あちらは普通列車用の線路。こちらは高架の東北新幹線に合流する。

盛岡駅停車のアナウンス。自動放送のあと、連結作業のため何回か停止する。完全に停止するまで席を立たないでほしいという肉声が流れる。プラットホームの手前で一度停車。ゆっくり進入してまた停車。もう一度動いて、停車。これでドアが開いた。はやぶさ14号と連結完了だ。17号車が、1号車から数えて17番目になった。


はやぶさとすれ違うと東北新幹線を実感する

秋田の快晴が、気づけば曇り空に変わっていた。紫外線カットガラスは薄いブルーで、一面の雲と青空の区別が付きにくい。たぶん、岩手県に入って、雫石あたりから天気が変わっていたと思う。通路の上の電光掲示板にニュースと天候が表示されている。東京は雨だ。

何度も通った線路。平野部の高架線。遠くの山の景色。変化に乏しく、帰りの新幹線、という気分になる。少し早いけれど、気分を高めるために駅弁を食べよう。秋田比内地鶏のいいとこどり弁当。特製スープで煮ること2回。二段仕込みの味付け鶏肉、と書いてある。


いいとこどり弁当

私にとって“鶏肉駅弁にハズレなし”は信条である。蓋を開けば飯の上に鶏そぼろと鶏の醤油煮。まずは飯の中央に箸を差し入れ、そぼろご飯をひと口。うむ。鶏の風味とタレの味が飯に絡む。続いて刻み鶏の醤油煮をひと口。タレが違うのか、肉の形がそう感じさせるか、鶏の味が強い。いいな。こっちは米と分けて食べよう。


東北新幹線区間は速い

添え物のいぶりがっこが4枚。そのうち2枚は赤い。あ、これ、人参か。初めて食べる。おかずは煮物。昆布、牛蒡、がんもどき、山菜。どこまでも醤油味で攻めてくる。しかし右端のフライは、ササミか。ここだけ洋風、ソース付き。なにも付けないで食べよう。ササミは味が淡泊だ。フライの衣の塩味で充分なはず。うん。正解だ。


覚えている景色はここまで

外は雨のようだ。しかし、明るいし、速度のせいで窓に雨粒が付きにくい。遠くの山霞が濃くなって、路面のアスファルトが濃い色になる。雨が強くなっているようだ。あと1時間で東京駅に着く。速いなあ。腹がくちて、眠くなってきた。景色を見るか、うたた寝するか。もう、成り行きに任せよう。寝台列車で眠ってしまうと、なんだか、もったいない気がするけれど、昼寝もまた贅沢だ。


雨に濡れた“こまち”


ここは見ておかないと……


北陸新幹線金沢延伸まで、あと16日

第629回の行程地図


2015年02月24-26日の新規乗車線区
JR: 0.0Km
私鉄: 0.0Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):20,933.0km (93.67%)
私鉄: 6,271.2km (88.26%)

 

 

 

 

 

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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