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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第720回:15年ぶりの景色 - 可部線 広島(横川)~可部 -

更新日2020/08/06




2018年4月14日。月刊誌の取材が終わり、16時少し前に広島駅で取材チームと解散した。取材先は錦川鉄道ととことこトレインだった。昨年夏に旅して、その様子を編集部に報告したところ興味を持っていただいた。今回は春の旅。同じ場所でも季節が違うと景色が変わる。そして今回は大雨の旅でもあった。カメラマン氏は苦労されていたけれど、私は満足だった。編集者さんが山奥の料理屋を手配してくれて、野趣な趣で握り飯と大きな焼鳥などを頬張った。去年の猪鍋も良かったけれど、今回は仕事というには申し訳ないほど良い旅だった。

01
新岩国からレールスターで広島へ。ちょっと贅沢

しかし、同じ場所へ往復するだけでは気が済まないから帰路は別行動にした。自分の旅をくっつけて往路の旅費を節約する。いい年をしてチャッカリしているけれど、編集部は私の帰路の旅費を節約できる。古い言い方だけど、ウィン-ウィンの関係ではないか。編集者はとがめ立てしない。むしろ現地集合解散が多く、往復とも行動を共にすることは稀だそうだ。東京を出発してからが旅の始まりだと思うけれど、そうでもないらしい。

02
広島駅、可部線の乗り場も混雑

今回の目的地は可部線延伸区間、山陰本線の山口県内区間、山口線だ。これで中国地方の鉄道を踏破、全国踏破にまた近づく。可部線の起点は山陽本線の横川駅だ。横川駅は広島駅から下関方向へ二つめだけど、可部線の電車は山陽本線を直通して広島駅から発着する。広島都市圏の郊外と都心を結ぶ路線として、広島起点の運行だ。

03
新白島駅を出て太田川を渡る。ずっと向こうに原爆ドームがある

雨は小降り、しかし肌寒い。銀色に濡れた在来線プラットホームに銀色の電車がやってきた。新型車両「レッドウイング」こと227系電車だ。レッドウイングは先頭車の前面左右に配置された盾のような板だ。これは先頭車同士を連結したときにできる広い連結面とプラットホームを遮って、乗客が転落しないように防護する役目がある。過去にあった痛ましい事故の教訓である。走行中の風切り音が大きくなると思うけれど、安全第一だ。

レッドはウイングだけではなく、運転台下や車体側面も配色されている。227系電車が広島地区の古い車両を置き換えるために投入されたからである。広島と言えばプロ野球の広島東洋カープ、カープと言えばシンボルカラーは赤。赤ヘル軍団である。東洋は東洋工業に由来する。筆頭株主の自動車メーカー、マツダの旧社名である。マツダのクルマもイメージカラーは「ソウルレッド」だ。227系のレッドウイングは、地域に解け込む赤色である。

05
横川駅。可部線のプラットホームは山陽本線から少し離れている

3両編成のレッドウイングはセミクロスシートで、クロス部は転換クロスシートである。JR西日本の電車はいいな、と思うところは、普通列車のほとんどがクロスシートになっていて、旅の気分が盛り上がる。つり手はオレンジ。優先席の吊り手と座席のカバーは緑。ドアはボタン式で、緑と赤に光っている。かなりカラフルな内装だ。

06
こちらも太田川(放水路)。ここから列車は太田川に沿って北上する

私も二人掛け席に座り、重い荷物をとりあえず通路側の席に置いた。しかし乗客が増えてきそうで、早々にカバンを荷棚に押し上げた。良い心がけだと神様が采配してくれて、空いた席には若いお嬢さんが座ってくれた。しかし会話の機会はない。座席がすべて埋まった状態で広島駅を発車した。土曜日の夕方の下り電車。勤務者の帰宅、休日を都心で楽しむ人にとって、ちょっと早い時間帯である。このうちの何人が終点のあき亀山まで乗り通すだろう。

広島駅の次は新白島(しんはくしま)駅だ。この駅は前回の可部線乗車の時はなかった。2015年に新設された駅だ。前回の可部線乗車は2003年11月で、当時の私はアストラムラインに乗車したのち、白島から横川まで線路沿いの道を歩いた。あのときもここに駅ができたら良いのにと思っていた。地元の人々も同じ思いだったようだ。ここから乗ってくる人は、市街のアストラムラインや市電から乗り換える人だろう。

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雨が強くなってきた

横川駅からはさらにお客さんが乗ってきた。雨で自転車やバイクに乗らなかった人たちかもしれない。通路もすべて埋まる混み具合だ。生徒も多い。雨で部活動が中止になったかもしれない。横川で山陽本線と別れ、可部線区間に入る。単線で、線路と住宅が近い。ここまで来ると複線化は難しいと思う。幸いにも駅間が短くて、すれ違い可能な駅が多いから、20分間隔を維持している。通勤時間帯は区間運転を増発して12分間隔だ。大型車の3両編成だから、頼もしい輸送力といえそうだ。いや、もしかしたら朝の上りは大混雑かもしれない。

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緑井駅周辺は大型店舗ができて様変わりしていた

住宅街が続き、駅に着くたびにお客さんは降りる一方で乗る人は少ない。下祇園駅でごっそりと降りた。この付近は太田川寄りをアストラムラインが平行しており、交通の便が良いところである。人気住宅地といえそうだ。古市橋でも少し降りて、大町で若い女性のほとんどが降り、隣の美人さんも行ってしまった。外は大雨。彼女の降りた扉から雨が入ってくる。近くの人がボタンを押して扉を閉める。雨足が強くなり、灰色のプラットホームに落ちる水が波を立てているように見える。

このあたりは乗車済みだから、窓ガラスが曇ってもいい。せめて可部から先は景色を観たい。緑井駅でほとんどのお客さんが降りて空席が増えた。なぜだろうと見回せば、駅前に大きなショッピングセンターがある。シネマコンプレックスの看板もある。前回の乗車時にはなかったと思う。15年も経てば景色は変わる。七軒茶屋駅を過ぎてから見える山は、たぶん当時と変わらない姿だろう。

09
梅林駅で列車交換。相手もレッドウイング

しかし梅林駅の手前にある家電店やその周辺のホームセンター、大型店舗、マンションはどうだろう。記憶が戻ってこない。二度目に乗る路線の車窓も新鮮で目が離せない。この梅林で上り電車と交換した。相手もレッドウイングだった。15年前の可部線は中古電車の寄せ集めで、趣味的には楽しかった。しかし毎日この路線に乗る人は新車がうれしいだろう。もちろん私も快適である。

10
鉄橋で太田川東岸へ移る。この景色はたぶん15年前のままだ

景色も電車も変われば、もう新路線の乗車体験と変わらない。全線完乗した乗り鉄さんの中には、2週目を始める人もいる。その気持ちがわかった。


-…つづく

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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