のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第724回:ナゾの迂回路 - 山陰本線 小串~特牛 -

更新日2020/09/24




列車に戻り、山陰本線の旅を続ける。タラコ色のディーゼルカーは小串駅を06時26分に発車した。824列車より10分以上も早い。客車列車に比べるとディーゼルカーのほうが高性能、そして824列車時代は山陰本線の運行本数が多く、途中駅の交換も多かった。さらに、824列車をはじめ、当時の長距離客車列車は荷物輸送の役目があり、停車中に積み下ろしの時間も要したという。いまはわずかな人を乗せるばかり。それはのんびりとした旅には嬉しい。

01
日本海が現れた

02
消波ブロックの岸辺

車窓が明るくなるにつれて、眠かった私の脳みそも霧が晴れてきた。小串の市街地が終わり、海が現れた。少し青みがかった灰色で、波は穏やか。砂浜は海水浴で賑わいそうだ。しかししばらく走ると波打ち際にテトラポッドの大群が敷き詰められている。テトラポッドは商品名で、一般名称は消波ブロックというそうだ。これだけ敷かれているということは、満潮時の高波は荒いのだろう。荒ぶる海の景色も観たいけれども、国鉄時代と違って、いまは線路に波が被ろうものなら運休になってしまう。

03
水平線は明るい

空は灰白色で塞がれている。雲は低く、雨水を蓄えて下へ膨らんでいるように見えた。再び集落が現れて湯玉駅に着く。温泉玉子みたいな地名で、ここから温泉行きのバスが出ているらしい。しかしここは海沿い。温泉は山の中。この集落は漁村であろう。プラットホームにツツジの生け垣がある。心の豊かな暮らしぶりがうかがえる。

04
湯玉駅付近

車窓の水滴が減って雨が上がったと知る。列車は上り坂にさしかかり、海岸線をゆっくりと走っている。山が迫り、海がもっとも接近する。線路と道路が海と山の境界だ。良い眺め、しかし上り坂にしては列車の速度が遅すぎる。景色が海の景色が良いからゆっくり走ってくれているか、落石注意区間かもしれない。

05
壁島。ウミウの飛来地

今回はタイミングが合わなかったけれど、山陰本線のこの区間は「○○のはなし」という名の観光列車も走っている。○○は「まるまる」と読む。しかし何を示すかは明かされていない。「はなし」の方も「話」ではなく、萩、長門、下関の頭文字だという。この列車の前身は金子みすゞにちなんだ「みすゞ潮彩」だった。名前はともかく、景色はとても良い。次は観光列車に乗ってみたい。

06
海沿いをゆっくりと

07
あっ、船だ

このままずっと海沿いを走るかと思ったら、線路は東へ向かう山道に入った。長門二見駅は山の中で、しばらく走ると3階建ての学校らしき建物が見えた。旧下関市立二見小学校で、2011年に休校、2015年に廃校とある。1学年2学級くらいの規模だ。かつてはそれだけ人が住む地域だった。そこからしばらく走ると右手に大きな葬祭場が見えた。それだけ人が死ぬ地域だったと言うことになる。線路は飛び石のように集落をたどり、滝部駅に着く。06時53分。部活の練習だろうか。平日なら通学時間で、もっとたくさん乗ってくるだろう。

08
長門二見 切り通しにハシゴ

山陰本線は海沿いを通す計画もあったという説があり、なぜ滝部へ迂回したかナゾだ。しかし歴史をたどれば、このルートは迂回ではなく、二つの街道を滝部で結び、転進したルートである。街道の一つは山口から美祢を経由して肥中港を結ぶ肥中街道だ。もう一つは萩と下関を結ぶ赤間関街道の北浦筋である。肥中街道は北西から南東へ、北浦筋は北東から南西へ。この道の交差点が滝部で、十字路の宿場町として栄えたに違いない。

09
旧下関市立二見小学校 立派な建物だ

山陰本線は下関側から北浦筋を通って滝部へ、萩側からは肥中街道を通って滝部へ。どちらもそのまま直進せず、ここで線路を結んだ。それは鉄道の計画が街道をなぞるより、山陽線と山陰線を並行させて、複数の陰陽連絡線を渡す方針だったからではないか。明治政府は萩、山口という城下町を中心とした交通路を良しとせず、新たな交通体系を目ざした。それが山陰本線という東西路線の建設だ。しかし滝部の存在は大きく、山間部迂回の形になった。

10
特牛駅、まるで庭園

滝部の次は難読駅名として有名な特牛駅だ。「こっとい」と読む。地名のコトイが由来で、コトイは牡牛を表す方言という説と、小さな入江を表す方言、琴江、コトエという説があるという。それに特牛という次を当てたら、なんだか牛丼の大盛りを食べたくなった。特牛駅はまだ内陸部にあるけれど、地名の特牛は港のあるあたりが中心だ。特牛駅は植栽が手入れされており、まるで庭園のようだ。次に通る機会があったら、この駅で降りてしばらく佇み、街に出て牛丼屋を探そう。きっと駅名にちなんだ肉料理があるはず。いや観光施策として作るべきではないか。



-…つづく

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで
第501回~第550回まで
第551回~第600回まで
第601回~第650回まで
第651回~第700回まで


第701回:黄色の国電
- 宇部線 宇部~宇部新川 -

第702回:クモハ123形の旅
- 小野田線 居能~長門本山 -

第703回:焼きたてパンを探して
- 小野田線 長門本山~小野田 -

第704回:宇部興産の街を行く
- 宇部線 宇部新川 ~ 新山口 -

第705回:真夏に美味しい、ほうれん草の……
- 美祢線 厚狭~於福 -

第706回:美祢市から長門市へ
- 美祢線 於福駅~長門市駅 -

第707回:陽が沈む前に
- 山陰本線 仙崎駅~益田駅 -

第708回:東海道新幹線と並んで
- 近江鉄道本線 米原駅~彦根駅 -

第709回:コオリンが来る!
- 彦根駅 -
第710回:三面鏡と二枚窓
- 近江鉄道本線・多賀線 彦根~多賀大社 -

第711回:近江商人のメンツ
- 近江鉄道本線 高宮~八日市 -

第712回:近江鉄道のシンボル
- 近江鉄道八日市線 八日市~近江八幡 -

第713回:メンソレータムとメンターム
- 近江鉄道本線 八日町~日野 -

第714回:118歳のトンネル
- 近江鉄道本線 日野~貴生川 -

第715回:左義長の福井へ
- 福井鉄道、福井駅停留場~市役所前停留場 -

第716回:新幹線高架を行く
- えちぜん鉄道 福井~福井口 -

第717回:奇祭の日
- えちぜん鉄道 福井口~勝山 -
第718回:高架と地上の構内踏切
- えちぜん鉄道 福井~鷲塚針原 -

第719回:不死鳥の都市
- フェニックス田原町ライン -

第721回:上書きされた新線
- 可部線 可部~あき亀山 -

第722回:瓦そば、824列車の名残り
- 広島~下関 -

第723回:タラコ色の巣
- 山陰本線 下関(幡生)~小串 -


■更新予定日:毎週木曜日