第495回:流行り歌に寄せて No.290 「怨み節」~昭和47年(1972年)12月1日リリース
私が、本当に好きな女優さんである。
本名と、旧芸名は太田雅子(おおたまさこ)。昭和22年3月24日に、千代田区神田に生まれる。いわゆる団塊の世代ど真ん中である。バスケットボールのクラブ活動に熱心だった、目黒区の八雲高校に在学中に、モデルにスカウトされた。その後、高橋圭三の事務所に入り、彼の司会番組のアシスタントなどをつとめていたが、高校卒業と同時に日活に入社した。昭和40年のことである。
当時の日活は、石原裕次郎、小林旭たちのアクションもの、浅丘ルリ子、吉永小百合などの青春ものが絶頂期を迎えており、新人の「太田雅子」も彼ら彼女らの映画の助演をしていた。
最初は大きく期待され、吉永小百合の次のスターなどともてはやされていたが、次第に影が薄くなり、脇役に回るようになる。一方、時が経つにつれて日活の看板路線だったアクションもの、青春ものの人気も翳りを見せるようになった。
テレビの台頭で勢いをなくし始めた映画界にあって、東映の鶴田浩二、高倉健らによる任侠映画だけは、大変な客の入りが続いていた。
不振続きの日活は、この東映の路線にあやかろうと、任侠映画の制作を始める。そして、その看板女優に太田雅子を据えることを考えたのである。
東映で任侠映画を量産していたマキノ雅弘監督が、昭和44年に日活で撮った『日本残俠伝』に彼女が出演する際、マキノから勧められ、芸名を「梶 芽衣子」に変えた。それから彼女は、立て続けに出演し続け、日活の任侠映画の顔になっていく。
昭和45年から始まった『野良猫ロックシリーズ』の中の4作では、不良少女グループのリーダー役などで、多くの若者の人気を得る。また、同じ時期に出演した東京12チャンネルのテレビ時代劇『大江戸捜査網』で、いわゆるお茶の間にも、その顔が広く知られるようになった。
同年製作された『怪談昇り竜』の中で歌った曲が、A面主題歌『仁義子守唄』、B面挿入歌『恋に命を』として7月5日にレコード化され、歌手デビューを果たしている。
昭和46年、ロマンポルノ路線に移行した日活を退社しフリーとなるが、翌47年には藤純子の後釜として東映に入社し、『銀蝶渡り鳥』など銀蝶シリーズで人気を博す。
そして、昭和47年8月25日に、さそりシリーズの記念すべき第1作、映画『女囚701号/さそり』が封切られたのである。『怨み節』は、この映画の主題歌である。
「怨み節」 伊藤俊也:作詞 菊池俊輔:作・編曲 梶芽衣子:歌
花よ綺麗と おだてられ
咲いてみせれば すぐ散らされる
馬鹿なバカな 馬鹿な女の怨み節
運命哀しと あきらめて
泣きをみせれば また泣かされる
女おんな 女なみだの怨み節
憎い口惜しい 許せない
消すに消えない 忘れられない
尽きぬつきぬ 尽きぬ女の怨み節
夢よ未練と 嗤(わら)われて
覚めてみせます まだ覚めきれぬ
女おんな 女ごころの怨み節
真赤なバラにゃ トゲがある
刺したかないが 刺さずにゃおかぬ
燃えるもえる 燃える命の怨み節
死んで花実が 咲くじゃなし
怨み一筋 生きて行く
女おんな 女いのちの怨み節
作詞の伊藤俊也は、この映画の監督。作詞家としての仕事は、他にテレビアニメ『惑星ロボ ダンガードA』を手がけているくらいで、他に目立った活躍はない。この映画にかける意気込みを感じさせる。映画監督としては、この後も『誘拐報道』『白蛇抄』『花いちもんめ』などの力作を多く作っている。
作曲の菊池俊輔も、この映画の音楽製作者。この人の映画、テレビドラマの音楽の提供の実績は、凄まじいものがある。
映画では「昭和残俠伝シリーズ」「兄弟仁義シリーズ」など任侠映画から、「ガメラシリーズ」「仮面ライダーシリーズ」などの特撮もの、「映画ドラえもんシリーズ」「映画Dr.スランプアラレちゃんシリーズ」「映画ドラゴンボールシリーズ」のアニメに到るまで多種多様。
テレビドラマも『キイ・ハンター』『Gメン'75』「赤いシリーズ」「暴れん坊将軍シリーズ」など、アクション、ミステリー、時代劇、前出のアニメのテレビ版など、枚挙にいとまがない。
さて、『女囚701号/さそり』に始まる「女囚さそりシリーズ」は、漫画家・篠原とおるの作品を原作にしている。その漫画を渡された梶は、「原作よりも、もっとリアルに非情にやりたい。リアルにやるためにセリフも必要ないと思うんです。この役なら、一言もしゃべらないでいいんじゃないでしょうか…」と話し、最後にプロデューサーと監督に、「しゃべらないか、やらないか、二つに一つです」と迫ったという。
今想像しても、その迫力は相当なものだと思う。もうその段階で、主人公の松島ナミが乗り移っていたかのような形相だったのだろう。
梶はその後、東宝映画『修羅雪姫』にも出演し、主題歌『修羅の花』を歌っている。これで彼女は、日活、東映、東宝の3社の任侠映画に出演し、それぞれの主題歌を歌ったことになる。
平成以降の彼女といえば『鬼平犯科帳』のおまさ役が、はまり役との評判である。ところが残念なことに、私はこの時代劇を完全に見逃している。ぜひ、しっかりと鑑賞したいと思うが、あれだけの長尺ものにどう入っていけるか、現在思案中である。
最近になっても、Netflix配信ドラマ『幽⭐︎遊⭐︎白書』などで、その演ずる姿を拝見することができるのはうれしい。また、音楽活動も意欲的に続けられているようだ。
7年前に、43年ぶりのオリジナル・フル・アルバム『追憶』を出したが、昨年になって新たに『7(sette)』をレコーディングしている。両アルバムとも、まもなく50歳になる鈴木慎一郎・音楽プロデューサーの手によるものである。実は、彼は50年ほど前の梶の音楽プロデューサーだった鈴木正勝の子息とのこと。梶は慎一郎を赤ん坊の頃から知っていたという。
今回のアルバムには、梶が宇崎竜童と共演した昭和53年の映画『曽根崎心中』の監督、増村保造の書いた詞に慎一郎が曲をつけた『真ッ紅な道』も入っている。これは、今まで梶が多くの作曲家に曲を依頼しても「増村監督の詞に曲を載せるなんて、恐れ多くて…」と断り続けられたものだそうだ。
本当に長い間、梶 芽衣子は演じ、歌い続けてきた。そして、今回のアルバムのリリースのインタビューの中で、アルバムができたことの幸せさをしみじみ話し、さらにこの後も歌い続ける意志を表明した。
彼女の人生のモットーは「媚びない めげない くじけない」なのだと言う。私も、かくありたい。
第496回:流行り歌に寄せて No.291「なみだ恋」~昭和48年(1973年)2月5日リリース
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