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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第496回:流行り歌に寄せて No.291 「なみだ恋」~昭和48年(1973年)2月5日リリース

更新日2025/02/13



私は、高校を卒業した年の昭和49年(1974年)9月から東京で暮らしを始めたが、その少し前に、友人と二人で東京見物に来たことがある。確か、その年の6月の終わりか7月の初めの頃か。

その時、私自身は渋谷あたりを歩きたいと考えていたのだが、友人は新宿に行きたいと、彼としては割り合いに強く主張した。自分は間もなく東京に住むわけなので、ここは素直にその思いを叶えさせたいと、彼の希望通りにした。

そこで、新宿にある居酒屋というより大衆食堂と思えるような店で、日本酒を注文して飲んだ。それほど所持金もなかったので、今思えば可愛らしく二合ずつぐらいで引き上げたのだが、ビジネスホテルに向かう途中、ビルとビルの間を歩いている時、突然彼が低く歌い出した。

「夜の新宿 裏通り 肩を寄せあう 通り雨」

そして「いいね、いいね。俺は東京の新宿でこれが歌いたかったんだよ…」と独り言を言ったのである。今まで聴いた彼の曲は、ほとんどがフォークだったので、これには少し驚き、「歌謡曲も歌ったりするんだ?」と訊ねると、「この歌はね、何だか好きなんだ」と言って歌を続けた。

どうしてなのかはわからないが、この時のことは時々思い出す。おそらく、生まれて初めて歩いた新宿の印象が、この曲とセットになって記憶に残っているのだ。


さて、八代亜紀が、中学を卒業すると15歳でバスガイドさんになったというのは、多くの人が知る話である(バスガイド姿のスナップ写真も公開されている)。そして彼女は、何と12歳の時からクラブ歌手を目指したそうである。

それは、彼女が小学2年生の、父親が起業した運送会社がうまくいかず、経済的に困窮していたので「私が早く大人になって家計を助けなければ…」という思いからであるが、「一流の歌手はクラブで歌うもの」という勘違い(ジュリー・ロンドンの「クラブ歌手で一流のシンガー」というプロフィールを見て、アメリカと日本の「クラブ」という概念の違いに気づかず)もあったという。

クラブ歌手になるステップとして、まず九州産業交通のバスガイドになる。さぞかしその時の乗客は、歌手になる前の彼女の歌声が聞けてラッキーだったろうと想像してしまうが、そうではなかったらしい。人前で話すことが苦手で、ガイドとしての仕事はうまくこなせず、歌を披露することもほとんどなかったようだ。

そこで、友人の勧めで、熊本市内のキャバレー『ニュー白馬』に年齢を偽ってオーディションを受け、専属歌手として働き始める。この仕事は、わずか3日後に両親に発覚してしまい辞めさせられることになるが、そこで歌ったことは彼女の自信となり、後日、「八代亜紀の原点」と本人が言うほどの大切な機会だった。

親からの許しを得ないまま、従姉妹を頼って上京し、新宿の歌える喫茶店でアルバイトをしながら、音楽学院に通う。そして18歳になった頃、銀座のクラブで歌い出した。彼女の歌を毎日聴いていた店のホステスさんたちがレコード・デビューを勧めるものの、本人はクラブ歌手以上になる思いはなかったようだ。

しかし、徐々に噂を聞きつけたレコード業界の関係者がそのクラブにも顔を出すようになり、ホステスさんたちが交渉の段取りを仕切ってくれたこともあって、遂にレコード・デビューを果たすことになる。

『愛は死んでも』池田充男:作詞 野崎真一:作曲 伊藤雪彦:編曲。さすがに、自分のレコードを初めて手にした時はうれしくて、抱いて眠ったという。あまりヒットはしなかったが、ホステスさんを始め世話になった人々に報いるため、そのレコードを持ち歩き、毎日のようにキャバレー周りをした。

その後、プロアマ混合のオーディション・テレビ番組『全日本歌謡選手権』で10週勝ち抜きのグランド・チャンピオンになったことで、多くの人たちにも彼女の名が知られるようになる。

そして、ついに4枚目のシングル『なみだ恋』が大きなヒットになった。

 

「なみだ恋」 悠木圭子:作詞  鈴木淳:作曲  小谷充:編曲  八代亜紀:歌


夜の新宿 裏通り

肩を寄せあう 通り雨

誰を恨んで 濡れるのか

逢えばせつない 別れがつらい

しのび逢う恋 なみだ恋

 

夜の新宿 こぼれ花

一緒に暮らす しあわせを

一度は夢に みたけれど

冷たい風が 二人を責める

しのび逢う恋 なみだ恋

 

夜の新宿 裏通り

夜咲く花が 雨に散る

悲しい運命を 占う二人

なぜか今夜は 帰したくない

しのび逢う恋 なみだ恋

 

作詞の悠木圭子と作曲の鈴木淳は、夫婦のコンビである。
悠木圭子は、元女優。女優の頃の芸名は藤田佳子(大映→東映)で、前夫は俳優の山田真二(松竹→東宝)。鈴木淳の前妻は作詞家の有馬三恵子。映画、音楽のそれぞれの同業だったパートナーと別れた後の、再婚相手だった。

悠木の方は、女優から作詞家への転身。その理由を「女優として多くの役を演じてきたが、これからは自分でドラマを作ってみたくなった」としている。デビュー作は、やはり鈴木とのコンビで、小川知子の『さよならがこわいの』。

悠木、鈴木コンビとして、八代には2枚目のシングル『別れてあなたを』以来、私がよく知っている曲だけでも『おんなの夢』『ともしび』『貴方に尽くします』があり、その他数えきれないほど提供している。

そして、八代亜紀の最後のシングルとなった『想い出通り』は、『なみだ恋』から50年経った令和4年(2023年)3月15日にリリースされたが、作詞者は悠木圭子である。

すでにその時は鈴木淳が他界していたため、作曲は八代自身が手掛けた。カップリング曲には『なみだ恋2023』も入っていて、彼女がしみじみとした味わいで歌っている。

この盤のジャケット写真は、鈴木・悠木夫妻の自宅のソファに八代が座っていて、その背景には八代の筆による夫妻の油彩の肖像画、という構図になっている。


昨日、偶然にも藤圭子がカヴァーした『なみだ恋』を聴く機会に恵まれた。八代とは、また違った魅力で素晴らしい歌唱だった。そして、聴き終わった時、私より少し先輩だけれども、ほぼ同世代の、類い稀な女性歌手を二人も失ってしまったことに、改めて思いを馳せて「さみしいな」と、思わず呟いてしまった。

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice
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2024年11月30日、「BAR Lismore」閉店しました。


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