第508回:流行り歌に寄せて No.303「早春の港」~昭和48年(1973年)1月21日リリース
今回、このコラムを書くために使用している資料では、前回の『個人授業』の次は、同じ8月発売の南沙織の『色づく街』とあったので、さっそく書き始めようと思った。ところが、「あれっ?『早春の港』の方が後の発売だっけ?」と思い立ち、調べたところ、『早春の港』は同年1月リリースであったが、資料には掲載されていないことが分かった。また、書き漏らしてしまったのである。
あれだけ印象が強い曲なのに、なぜ掲載されなかったのだろうと思ったのだが、実はオリコンの週間チャートのベスト10には入っておらず(11位)、昭和48年の年間では79位ということだった。だいたい年間30位前後の曲までしか掲載されない資料では、載っていないのが当然だったのだ。相変わらず、下調べが不十分で申し訳ございません。
有馬三重子、筒美京平によって作られた南沙織の曲は、どれも素敵なものばかりだが、自分にとっては、何と言っても『早春の港』が一番である。今でも、当時の「月刊明星」の付録「YOUNG SONG」に掲載されたこの曲のページ、砂浜を歩く南沙織の姿が目に浮かんでくる。
「ふるさと持たないあの人に」の歌い出しのフレーズ。詞とメロディーと、彼女の声がこんなに、すーっとこちらの胸に沁み込んでくる曲は、なかなかないと思う。今聴いても、最初に聴いた時の印象からほとんどブレないで、とても懐かしく、穏やかな心持ちになる。
同好の士の、しかも有名人の助けを借りるのはアンフェアかも知れないが、吉田拓郎もこの曲が本当に好きらしい。この曲に触発されて、アンサー・ソング『シンシア』を書いて、かまやつひろしとともにレコーディングしたのだ。
この当時、ニッポン放送(私が聴いていたのは東海ラジオ放送)の「バイタリス・フォーク・ビレッジ」で、吉田拓郎とかまやつひろしは、二人でしきりに南沙織を礼讃していた。高校生の私にとっては、20歳代後半、30歳代のオッサンが、年甲斐もなくアイドル話しを延々とするものだと、少々引いて聴いていたのを思い出す。
「早春の港」 有馬三重子:作詞 筒美京平:作・編曲 南沙織:歌
ふるさと持たないあの人に
海辺の青さ教えたい
ふるさと持たないあの人の
心の港になりたいの
好きとも言わないし
おたがいに聞かない
二人が出逢えたこの街を
愛して暮らす私なの
ふるさと持たないあの人の
心のかげり目にしみる
ふるさと持たないあの人は
あてなくさすらう舟みたい
過去など気にしない
これからは二人よ
そこまで来ている春の日が
今年はとてもいとしいの
好きとも言わないし
おたがいに聞かない
いつかは私もあの人の
いいふるさとになりたくて
いいふるさとになりたくて
今回、この曲について調べていて、少し驚いたことがある。こんなことを書けば、私の店にいらしていた、彼女の曲は全アルバムの曲が歌えるという筋金入りの南沙織ファンから「えっ、マスター、そんなことも知らなかったの? それはモグリというやつですよ」と揶揄されそうだが…。
それは『早春の港』が、あるアルバムからのシングル・カット曲であったが、オリジナルとはタイトルも違い、詞もアレンジも異なる部分があるということだった。
前年の昭和47年12月21日にアルバム『早春のハーモニー』が発売された。これは、彼女自身5枚目のアルバムで、初めての全曲筒美京平作品だが、『あの場所から』(原曲歌唱:Kとブルンネン、『ひまわりの小径』(原曲歌唱:チェリッシュ)など、全12曲中8曲が、他の歌手のカヴァー曲である。
そのアルバムに収録された、南沙織のオリジナルの1曲『ふるさとのように』が、『早春の港』の原曲であった。遅ればせながら、今回聴き比べてみた。
まず、歌詞がところどころ違う。
『早春の港』 ← 『ふるさとのように』
海辺の青さ伝えたい ← 海辺の青さを伝えたい
心の港になりたいの ← 心に風をあげたいの
心のかげり目にしみる ← 心のかげりが目にしみる
あてなくさすらう舟みたい ← どういう恋をしたのかな
過去など気にしない これからは二人よ ← 愛しているときは 真心でいたいの
以下、
そこまで来ている春の日が今年はとてもいとしいの 好きとも言わないしおたがいに聞かない
の歌詞はなく、
いつかは私もあの人の いいふるさとになりたくて いいふるさとになりたくて
と続いて、2コーラスだけで終わる。
私のような者にも、助詞を除いた2箇所も含め、どの箇所も『早春の港』の方が良いと思える。言葉がこなれているばかりでなく、叙情性が高まっているのだ。有馬さん、シングル・カットする段階で、間違いなくギアをひとつ上げてきたなという感じだ。
編曲も大きく変えて、さすが大ヒット・メーカー筒美京平の仕事。冒頭と間奏部分の波の音、まるで鴎の鳴き声のようなスチール・ギターなど、効果的な音を駆使して早春の港風景を演出する。こちらも、気合いを入れ直しての力作である。
決して『ふるさとのように』が凡庸な曲ということではなく、優れた作品だと思う。ただ、今回改めてプロの方々の「売れるものを作る」という仕事の姿勢を、垣間見た思いがした。
さて、長い間、私はこの曲の歌詞の一部を勘違いして憶えていた。
「過去など気にしない これからは二人よ」
のところを「カッコなど気にしない これからは二人よ」と、割と最近まで、思い込んでいたのだ。
そうか、自分のようなカッコ悪いやつも、気にしないで付き合ってくれる優しい人なんだと信じていたのである。実に浅はかだった。
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