のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第404回:流行り歌に寄せて No.204 「みんな夢の中」~昭和44年(1969年)

更新日2020/09/24


まず、夢の中にうつらとろりと誘(いざな)われるようなイントロが美しい。私の大好きなハマクラ先生の、その中でも際立って好きな曲である。

ところが、不思議なもので、自分が本当に気に入っている曲というものは、人にご紹介することが難しい。「とにかく、全部いいんですよ」と言ってしまいたくなるのだが、それでは何も伝えることはできない。

そこで、「ところで、じゃあどこが好きなんだろう」と改めて考え直してみたのだ。冒頭のイントロの美しさから始まり、この曲に一貫して流れているもの、それはいわゆる「諦念」のようなものではないか、そこに自分は共感しているのではないか、と思い当たった。

『道理をさとる心。また、あきらめの気持』手元の広辞苑‐第五版‐を引くと、「諦念」について記されている。辞書によっては、この二つを①、②と分けて解説しているものもあるが、広辞苑では続けて記されている。

「みんな夢の中」のことであるから、惜しむことも、泣くことも、なげくことも、すべて詮ないことではないか、もう、あきらめてしまいましょう、と実に歌のうまい高田恭子が歌うのである。

しかし、そう言い聞かせれば言い聞かせるほど、あきらめきれない自分と向き合わされることになる。何とも切ない慕情の念を、ハマクラ先生は歌にしてしまった。ここに心を奪われるのだ。


「みんな夢の中」  浜口庫之助:作詞・作曲  小谷充:編曲  高田恭子:歌


恋はみじかい 夢のようなものだけど

女心は 夢を見るのが好きなの

夢のくちづけ 夢の涙

喜びも悲しみも みんな夢の中

 

やさしい言葉で 夢がはじまったのね

いとしい人を 夢でつかまえたのね

身も心も あげてしまったけど

なんで惜しかろ どうせ夢だもの

 

冷たい言葉で 暗くなった夢の中

見えない姿を 追いかけてゆく私

泣かないで なげかないで

消えていった面影も みんな夢の中

 

高田恭子は、生まれ故郷の京都府でアマチュアのフォークの世界で活躍していたが、昭和42年『大塚孝彦と彼のグループ』に入り、その後マイク真木が結成した『ザ・マイクス』の二代目女性ヴォーカリストとなった。この時、ソロはとっていないが、ビージーズのの曲をカヴァーした『星空のマサチューセッツ』で、フィリップスレコードからレコードデビューを果たしている。

そして、カンツォーネを独学で勉強し、昭和43年に報知新聞社が主催した「第1回カンツォーネコンクール」で優勝をしている。これが、どのくらいの規模で、どんな人たちが出場して行なわれたかは今回わからなかったが、メジャーな新聞社の主催するものに、独学の歌手が優勝するのは並大抵のことではない、快挙だと思う。

そして昭和44年に、ハマクラ先生の作ったこの名曲に巡り会い、キングレコードからソロデビュー。この年のレコード大賞新人賞(最優秀新人賞はピーターの『夜と朝の間に』)を受賞、第20回NHK紅白歌合戦の出場を果たす。

小谷充の編曲が素晴らしい。私の友人で「すべての歌謡曲の中で小谷充の『恋の町札幌』の間奏ほど美しいものはない」と言い切る人がいるが、この人の編曲は、歌を聴くことのできる喜びを、間違いなく増幅させてくれる。

浜口、小谷、高田、このスーパー・トリオの曲は、『ゴンドラまかせ』『夜もバラのように』など、他にも何曲かあるが、もっともっと多くの人々に伝わらなかったのは、本当に残念である。

さて、昭和44年、私が中学1年生から2年生になった年だが、この年にデビューした女性歌手の歌はみな印象深く、ずっと心に残っているものが多い。

今回の高田恭子(当時22歳:以下同)の曲を始め、新谷のり子(22歳)の『フランシーヌの場合』、千賀かほる(20歳)の『真夜中のギター』、アン真理子(23歳)の『悲しみは駆け足でやってくる』など。どう言っていいのか分らないが、私自身が“社会”や“恋愛”というものを意識しだした頃、ちょうど10歳くらい年上のお姉さん方が、その歌により風を吹き込んでくれて、何かを教えてくれたという感じがするのである。


-…つづく

 

 

第405回:流行り歌に寄せて No.205 「夜明けのスキャット」~昭和44年(1969年)


このコラムの感想を書く


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)~
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13~
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61~
第300回:流行り歌に寄せて No.105
までのバックナンバー


第301回:流行り歌に寄せて No.106~
第350回:流行り歌に寄せて No.155
までのバックナンバー

第351回:流行り歌に寄せて No.156~
第400回:流行り歌に寄せて No.200
までのバックナンバー


第401回:流行り歌に寄せて No.201
「白いブランコ」~昭和44年(1969年)

第402回:流行り歌に寄せて No.202
「時には母のない子のように」~昭和44年(1969年)

第403回:流行り歌に寄せて No.203
「長崎は今日も雨だった」~昭和44年(1969年)


■更新予定日:隔週木曜日