■貿易風の吹く島から〜カリブ海のヨットマンからの電子メール

佐野草介
(さの・そうすけ)


道産子。小学生の時、フランス人4人がヨットで世界1周する記録映画を見て、人生の針路を決定する。水上生活者として20余年。前半は地中海、後半はおもに大西洋とカリブ海で暮らす。現在はカリブの砂州、カージョ・オビスボにヨットを舫い棲家とする。




Caribbean Sea Map


Puerto Rico Map
第2回:大洋に流れる時間

更新日2001/04/19 


なぜ仏領マルチニクを到着地に選んだのかというと、深い理由があってのことではない。ジブラルタルには、これから大西洋を渡ろうとするヨットが10数隻たまっていたのだが、フランス人ヨット乗りのほうが、イギリス人ヨット乗りよりはるかにオープンで、フレンドリーで、感じが良かったからに過ぎない。

はやく言えば目的地はどこでもよかったのだ。偶然、人の良いフランスのヨット乗りに出会っただけのことだろう。しかし、こうした印象を大切にすることこそが旅程を創りあげていくものだ。

第一、バルベイドスやセントヴィンセント、サンタルチア、グラナデーネス、ニベス、モンセラ、アンチグアといった島の名を知っている人は極めて少ないだろうし、私自身もジブラルタルでチャートを買い求め、目にするまでは、それらの名さえ知らなかったのだ。

いくらアトランティスが下手な乗り手に寛容なヨットであるとはいえ、それなりの世話はしなければならない。大体ヨットとは真に世話の妬ける乗り物なのである。その点でも馬に似ている。まめに手を入れないとすぐに壊れる、動かなくなる。ヨットには人格があり、拗ねているのでは、と思いたくなることだってあるのだ。たしかにヨットは、さまざまな乗り物の中でもっともスピードが遅く、一番お金がかかり、その上、シンドイ乗り物である。

ジブラルタルを出て最初の3日ほどは、毎日デッキをグルリと周って、滑車やロープ類の摩耗状況、セールのトリムを点検していたのだが、マア、これでいけそうだ、と分かってからは、おそろしくやるこがとなくなったのである。唯一、かつ一番の仕事は食べることだけになった。みなさんはこういう状況に身を置いたことがあるだろうか。

調理は、「俺も連れて行ってくれ!」とばかりにイビサから乗り込んできた、イビザ人のぺぺが一手に引き受け、焼きたてのパンはもとより、フルコースメニューで迫り、こちらといえば、彼の期待に添うべく、きれいにたいらげるのが義務と心得、職務に励むことになった。その結果、マルチニクに着いたときには家内を含め3人とも確実に7、8キロずつ太っていたものだ。

海洋の記録文学はつまらない。ヨットの航海記にあるのは、今日どんな風が吹き、何ノットで走ったの、魚が釣れたの、ときおり嵐にでも遭えば、それがハイライトになるといった程度のことである。例外は、スローカムとモアテシューの著作ぐらいのものだろうか。二人とも、海が好きなのと同じぐらい人間に興味をもっているからだ。スローカムは最初に一人で世界一周をやった人物。モアテシューはノンストップで世界一周をやったフランス人ヨット乗りで伝説的人物である。

実際の大洋横断が退屈なものである以上、そこから生まれる書物もそれ以上になるはずがないのである。山岳紀行文と比べるとはっきりとその違いがわかる。アルピニストに詩人が多く、優れた散文を残しているが、それに反してヨット乗りには酔っ払いが多い。クライマーは常に肉体を酷使しなければならないが、セイラーは、限りなくにナマケモノであることが許されるのである。両者の違いがそのまま感性や作品の違いになって現れているといってもいいだろう。

恐ろしく暇だと書いたが、暇だと感じるのは港を出て3〜4日目ぐらいまでで、それ以降は何をしないでいても、退屈だとか暇だとか感じなくなるのだ。朝一番のウオッチでは、東の空が白み初め、次第に色付くのを待ち、壮大な日の出を見る。それから下に降りてコーヒーを入れ、手を温めるようにしてコーヒーカップを持ってコーヒーをすする。正午には天測でヨットの現在位置を出す、そして、毎回のごとく目を見張るようなぺぺの昼食。

午後は海水をバケツで汲み上げての水浴と読書。そして夕陽。夜が訪れると、もうすっかりお馴染みになった星座を眺める。こんな日が版で押したように繰り返されて、際限なく続く。まるで大洋のウネリのように、時間が自然に流れはじめるのだ。そして、ある日、唐突に島影が現れ、この航海が終わったことを知らせるのだった。

マルチニク島最大の町は、フォート・ド・フランスと呼ばれ、西に大きく開いた湾の北側にある。大型のクルーズシップが出入りするほど入港の容易なところである。100隻は下らないヨットがアンカーを降ろしていたが、その大多数は我々と同じように大西洋を渡ってきたのだろう。その仲間に加わって、アトランティスもひっそりと錨をおろした。出迎えもシャンペンもなく、デイセーリングから帰ってきたような気分だった。ジブラルタルやカナリー諸島を離れたときの、うわずった思い入れがまるで嘘のように、こっけいにさえ思える静かな終着だった。

大西洋横断といっても、何ほどのこともないのだ。ヨーロッパ人にとって、大西洋は裏庭の池と呼ぶほどのものだ。昨年のARCレースには215隻が参加しているし、フランスが主催している同様のラリーにも100隻があまり大挙して大西洋を渡っている。そのようなオーガナイズされた移動を嫌って個々に渡ってくるヨットの方がむしろ多いことだろう。

推測ではあるが、その数は1,000隻を超えているといっても、そう間違ってはいまい。手漕ぎ舟やゴムボート、ウィンドサーフィン、カヤック、ベニスのゴンドラ、イカダ、バスタブと、すでにありとあらゆる手段で大西洋を越えているのだ。 サンフォアン(プエルトリコ)で会ったイギリス人は、直径1.5メートルに満たない、身体を横にするスペースすらない、大きなピンポンボール状のカプセルで93日かけて横断してきた。 

私にとって、陸のシガラミを切り、日常性から逃れるのが一つの課題だったはずだ。しかし、ここにまた風と潮が与えてくれるヨットライフ…といえば聞こえはよいが、ありていにいえば、水上生活者の日常性に捕らわれつつ、10数年もさまよう生活がはじまったのだ。

 

 

第3回:カトリーヌ

 
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