かお
杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)

1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、1996年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。

バックナンバー

最終回:人と機械の分業

コンピュータをオフィスに導入した場合、理想的な合理化とは何だろうか。いままでの仕事のうち、コンピュータが40%も肩代わりしてくれるようになった。では社員を40%減らそう、これはまちがっている。社員は減らさずに、ひとりあたりの仕事を40%だけ減らせばいいのだ。最近になって"ワークシェアリング"という言葉とともに、雇用の確保という面でこの考え方が広まりつつある。仕事を減らします、給料も減ります、でもクビにはしません、というわけだ。勤勉な日本人の多くは仕事を減らすことを嫌がるけれども、見方を変えれば余暇を増やすことでもある。好景気の時だってワークシェアリングの意味はある。仕事を減らします、余暇が増えます、余暇産業が発展します、となるのだ。

何度も書いているが、コンピュータのみならず、すべての道具は人を幸せにするために作られている。包丁は料理するものであって人に向けるものではないし、火薬は鉱山やトンネル工事で使うものであって、武器のために作られたわけではない。道具の使い方という意味において、コンピュータができたから社員を減らしてもいいという考え方と、核を使えば国ごと消滅できるという考え方に相違はない。

そもそも、オフィスのコンピュータをひとり1台で使っているからダメだ。1台を3人で8時間ずつ使えばいい。WindowsXPではこの機能が強化されているし、こんなことはほかの業界では昔からやっている。法人タクシーは1台を2-3人のドライバーが交代して乗り、一日中走り続けている。コンビニエンスストアのレジスターがひとり1台だったら、商品を並べる場所がなくなってしまう。

ワークシェアリングは、不景気を耐え忍ぶ方策だと思われているが、実は景気回復の治療薬でもある。収入が足りないなら、他のワークシェアリングの職場をもうひとつかけ持ちすればいい。就業チャンスが増えて、女性が働きやすくなるだろう。余暇を安価で楽しく過ごすために、家族で工夫するかもしれない。お父さんが育児したり、子供たちと食事したりする機会が増え、荒廃した教育環境が向上するかもしれない。いっそ大学のコンピュータや施設もシェアして、もっとたくさんの人に教育の機会を与えるべきだ。

そうなると、豊かさの尺度がカネからココロへとシフトしていくのではないか。限られた余暇の楽しい過ごしかたを考えることは、とてもクリエイティブなことだ。ふたつの職場で稼ぐには、人間としての魅力が必要になる。はんこを押すだけの仕事や帳簿を整理するだけの仕事はコンピュータがやってくれるから、人間には今まで以上にクリエイティブな働きが求められる。

例えば、鉄道会社は全駅に自動改札機を導入している。当然、いままでのハサミを持った改札係は不要になる。しかし、前向きな会社は人を減らさない。その代わり、案内窓口を増設して改札係を配転させる。駅にコンビニを作ったり、託児所を作ったりする会社もある。自動改札だけの殺風景な駅と、自動改札の他にいろいろなサービスを提供してくれる駅とでは、利用者の印象が違う。人を減らした鉄道は、コストが下がったなら運賃を下げろと言われそうだ。しかし、使い心地が向上した鉄道には、その対価を支払おうとする利用者がいるはずだ。

 創造力のある人が人生の勝者となる社会になれば、残念ながら機械に職を奪われた人は、自分の子を不幸にさせないために、いかにして創造力を身につけさせるかを考えるだろう。かつて、学歴社会に価値を見出した人が子供を塾に送り込んだように、"創造力社会"に価値を見出した人は子供の創造力を豊かにしようとするはずだ。

私はかつて、あるパソコンのカタログのコピーとして"空間を創るPC"と書いた。省スペース向けにコンパクト化された商品だったが、"小さくしました"とか、"狭いところでも大丈夫です"という視点は実用的であっても楽しくないのだ。小さいパソコンを使うことは、机の上を広くできるということだ。その発想の転換に気づくか否か、これがワークシェアリングの成功の鍵だといえる。ワークシェアリングで減ったお金よりも、得た時間の価値が高いことに気づくべきだ。コンピュータはその"新しい豊かさ"を創るために使うべきものだろう。

 

-ごあいさつ-
コンピュータと社会とのかかわりについて書きたい、と本連載を始めて半年が経過した。次回からは新たなテーマにお付き合い願いたい。この分野にはまだ書きたいことがあるけれども、今だからこそお伝えしたいことがある。いままでの戯言に比べれば、はるかに実用性に富んだ内容になることをお約束する。

 

→ 第1回:コンピュータはダイナマイトだ

→ TOPページ


[ 拳銃稼業 ] [ デジタル時事放談 ] [ ダンス・ウィズ・キッズ ] [ 幸福の買い物 ] [ 生き物進化中 ]
[ シリコンバレー ] [ 貿易風の吹く島から ] [ ワイン遊び ] [ よりみち ] [ TOP ]


ご意見・ご感想は postmail@norari.net まで。
NORARI (c)2002